第15話 その男、元勇者なり。②「約束」

 かつては西との交易の要衝として栄えたこの街もいまは見る影もない。そもそもずっと消えることのない火という意味がその街の名にはあったのだが、現在ではもう消えかけている残り火のほうの意味でしか捉えられていないエンバータウン。しかしそれでもこの王国の第三の都市としての位置づけに変わりはない。つまり国家全体としてその火の存続も怪しくなってきているのである。


 その大通りを真田聖也はひとり歩いている。身に纏う装備品は金のない駆け出し冒険者が買うような安物ばかりだが、誰も彼をからかったりカモにしようという者はいなかった。一週間前に起きた冒険者ギルドでの騒動は、娯楽の大してないこの街では瞬く間にほとんどの住民が知るところとなった。


「おやじ、串焼きを一本くれ」


「ひっ! あ、あんたは。ちょ、ちょっとだけお待ちを」


 スキンヘッドの見た目は厳ついおやじだが、串焼きを差し出す手が震えていた。聖也は礼を言い代金を渡すと店をあとにする。


――やっぱ、やり過ぎだったか。けっこう経つってのに警戒されて気楽に世間話もできやしない。あー、失敗した。


 青果や肉、魚の相場を眺めたり、道行く人々の話し声に聞き耳を立てる。


「ここで会ってるのか?」


 そうひとり呟くと支部長トリチェリに書いてもらったメモを確認する。その大通りから外れた裏通りに少し入ったところに彼の目当ての店があった。古びた看板の文字は劣化していて判読しづらいが『マリーの雑貨屋』と書いてある。建てつけの悪い扉を力を込めて引き開けると、呼び鈴がカラカラと力強く鳴った。


「邪魔するぜ! 誰かいねえのか?」


 人気のない店内を見まわしてから、そうカウンターの奥に向かって声をかけた。しばらくすると小柄な老婆がゆっくりと杖をついて現れた。


「いらっしゃい。何がご入用で?」


 一瞬の老婆の表情の変化を聖也は見逃さなかった。


「ああ、娘のプレゼントにクマのヌイグルミが欲しいと思ってな、探してんだ。店に置いてるか?」


「……。くくっ……」


 老婆は大きく目を見開いたあと、堪えきれなくなったようで小さな笑い声が漏れる。


「なあ、俺が店の前に立ってるときから気づいてたんだろ? いや、お前らならもっと離れてても感知できるよな。


「ああ、そうだね。我ら魔族のにっくき敵である『勇者さま』のほうが残念なことに感知能力は優れておったがの。で、何の用じゃ? さき短い魔族のババアひとり、いまさら殺しにきたわけでもあるまい」


 老婆は自分が魔族であることを言い当てられたにも関わらず平然としている。十四年前に起きた人族と魔族との大戦により公式には魔族という種族は駆逐され、さらに種族そのものは絶滅したとこのミズガルド王国では信じられていた。もし、その生存が明らかになればただでは済まないことはこの老婆も知っているはずであった。


「もちろんだ。それに残念なのは俺のほうだな。今じゃ魔族と野良猫の区別も怪しいからなぁ……」


「そうかい。今だったら魔王様も楽にを始末できたのであろうな。残念、残念」


――いやいや、実際はあのとき魔王は俺を容易く殺せたんだ。奴が死んだのは言ってみればただの気まぐれ。俺は運が良かったに過ぎない。


「聞きたいことがあって足を運んだんだ。俺とお前らの約束、忘れてないだろうな。あんたが生きてこの街で人族としてのんびり暮らせるのは誰のお陰だい? 俺だろ?」


「はあ……。あんた昔から勘違い野郎だと思ってたけどホントこれは重症、残念な男だね」


「あん?」


 想定していなかった返事に聖也は戸惑う。

 

「あたしたちが信じたのはシャルロッテ・ミズガルドさ。あんたじゃないよ」


「マジか……」


 ――そう言われてみるとそうだった気もしてきた。結局、俺はあいつに助けてもらってばかりだったな。


「まあいいさ。あたしも暇してるからね。話くらいは聞いてやるよ」


「おおぅ、それは助かるぜ」 


「腰が痛くてね。ちょっと座らせてもらうよ」


「ああ……」


 老婆はカウンターの裏においてある背の高い椅子に腰掛ける。それで聖也と同じくらいの目線になった。


「で、何だい?」


「魔王に産まれたばかりの息子がいただろ?」


 その言葉を聞いた老婆の表情が固くなったのが聖也には分かった。


――分かりやすい婆さんだ。まあ、魔族の多くが気性の荒い奴が多かったし、表情を読み取られないようにするなんて文化はねえわな。人族なんかよりも圧倒的に優れた連中だったし。


「若様には手を出さぬと……。そう互いの神の名のもとに誓約を交わしたはずじゃぞ!」


 老婆は声を荒らげた。


「まあまあ、落ち着けって。危害を加えるとかそんなんじゃねえ。逆だ。お前らの助けになりたいだけだ」


「……」


「お前らにギルドの監視がついているのは知っているだろ。魔族にとったらそんなものなんてことない、簡単に目を眩ませることだってできるってのは知ってる。これは最低限の魔族をかくまうための約束事、あんたの言ってた誓約に含まれる内容だ。そのが姿を消した。これについて知っていることを教えて欲しいんだ。もちろんあんたたちが組織立ってなんかおっぱじめようなんてこっちは考えてもいない。だいたいのところアレだろ、思春期拗らせて家出でもしたっていうんじゃねえのか? 魔族は長命だが、成人するまでは俺たち人族と同じような成長スピードなんだろ? 俺も親だからわかるぜ、あの年頃の子どもは難しいよな。ウチは娘だけどよ」


「……」


 老婆は目を閉じたまま聖也の話をじっと聞いているだけだった。


「なあ、雑貨屋のマリーさんじゃなくて、魔王の側近だった元宰相ナエトゥス殿。同胞の未来を考えるなら俺の話に乗るべきだと思うがな」


「……ふふっ。貴様何故、我ら魔族にそこまでする? 放っておけば生き残りの魔族を皆殺しにする口実にもできようものを」


「ああ、それな。いまのあんたの姿って偽装だろ。多分だがあの魔王との決戦の場にもいたんじゃないのか? 俺ってさ、魔法とかスキルとかじゃなくて、匂いで女を識別できんのよ。あの玉座の後ろで赤子の王子を抱えて震えながら隠れてた女魔族の匂いはあんたのもののはずだ。ああ、あんたがその子の実の母親じゃないってことは知ってる。母親はあの子を産んですぐに亡くなったんだろ」


「ううっ……」


「そんときの俺と魔王の会話覚えてっか?」


「ああ……、もちろんじゃとも」


「なら、話が早い。それがだからな」


「おまえ……」

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