第14話 拒絶する銀剣

――同棲ってやつ? 同棲疑惑……、じゃなくて確定!?


「ちょっと由美ちゃん。それって誤解を招くっていうかさ……。君がまだ小さかった時だし、それにあのときは貴文もいただろ。えっと、今はトリチェリって名前で出世したみたいだよ。由美ちゃん覚えてるよね?」


「ええ、覚えてますとも。あのエロガキ、エロフミのことは忘れるわけがありません。もし、会うことがあったらボコボコにしてやります!」


 由美は拳を握ってそう答える。


――ああ、子どものころの話なんだ。ふーん、男の子もいたんだ。どんな関係だろ? 仲は……、良くないか。


「えっと、貴文さんって日本人なんですか?」


「ああ、それね。由美ちゃんもそうだけど、その貴文も戦災孤児でね。君のお婆ちゃん、シェヘラザード様に拾われたんだ」


 由美もそれに頷く。


「お婆ちゃんが……」


「この家と島はもともとシェヘラザード様のものでね。後にある戦争で戦果を上げた僕が国に要求して、管理者不在になったここを褒賞として譲り受けたんだ。昔、僕はシェヘラザード様の弟子としてお仕えしていたんだけども、そのときにやってきた彼女と貴文がカタチ上では後輩の弟子ってことになってるんだ。でも二人とも魔法より剣に夢中だったから。ねえ、由美ちゃん」


「うっ……。シェヘラザード様やシーマ様のレベルで魔法を語られたら、人類のほとんどが無能です。でも、私は中級の二属性まで修めましたよ。エロフミは中級の火炎属性までですから、私の勝ちです!」


「まあ、彼はいまここにいないし、そういうことにしておこうか。彩乃ちゃん、だから二人はこの世界の人間さ。日本名なのは名づけ親が泰造様だからだよ」


「お、お爺ちゃん?」


「はい。私も貴文も泰造様から体術やサバイバル術を学びました。他にも生きていく上での指針も。本当の父のように尊敬しております」


 そう一言告げて頭を下げると、佐久間は再び奥へと行ってしまった。


――そう言えばお婆ちゃんが別れ際に、お爺ちゃんとこっちで出会ったっていってたっけ。あと何か聞かなきゃいけないことがあった気がする……。


「そうだ、ししょう! あの子って誰ですか? どんな人なんですか? お婆ちゃんの言ってたあの子です!」


「ん……? ああ、彼女のことか……。気になるの? 彩乃ちゃん」


――や、やっぱり女だった。


「は、はい!」


「それは……。駄目だな、教えられない」


「えっ?」


 彩乃にはシーマの返事が想像していないものだったことに驚く。日本で島巧として彼女を指導していたときの彼は、どんな難しい質問にも優しく自分に分かるように教えてくれていた。それが初めて断られたのである。

 

「でも。もし君が彼女を超えられたなら考えてもいいかな」


「ど、どういうことですか?」


「シェヘラザード様から君に魔法を教えるよう言われてるんだ。だからそれで判断させてもらうよ」


「魔法を? 私が魔法を使えるようになるんですか!?」


「ああ、彩乃ちゃんの努力次第だから、絶対とまでは言えないけどね。でも、あの『アン・シエル・クレール』、伝説の銀剣に認められたのなら十分素養はある。でもそれだけじゃ彼女は超えられないと僕は思うけどね。そうだ、銀剣を呼び出してくれるかい」


「はい!」


 彩乃は目を閉じアン・シエル・クレールの姿を思い浮かべる。すると右手に柄の感触がすぐに感じられた。目を開けると鞘に収まった状態でそれは出現していた。


「すごいね。これはこれで魔法みたいなものだよ。鞘を抜いてみてくれる? この状態は一度見せてもらったことがあるんだ。でもその刀身は見たことがなくてね」


 言われるままに彩乃は鞘を抜く。すると鞘は光となって消えた。


「おおっ、これは……。雪恵さん、もうシャルロッテ様というほうがいいね。あの方の『オー・クレール・ドゥラリュンヌ』とも違う美しさだ。制作者が同じはずなのにどうしてこうも……。いや魔法剣か。そうか、これは所有者の存在の美しさ。彩乃ちゃん、これは君の美しさなんだね……」


 うっとりとした表情を浮かべるシーマ。彼が美しく輝きを帯びる刀身に指先を触れようとしたとき、バチンと電流が流れたような大きな音がした。


「くっ!」


「し、ししょう! 大丈夫ですか!」


「ああ、問題ない。咄嗟に防御障壁を張ったからね。でもそれを突き破るか……、さすがは『王家の守り手』だ。残念なことに僕は敵認定されてしまったようだけどね」


 彩乃が剣から手を放すとやはり光となって姿が消えた。


「ししょう、血が……」


「大丈夫だよ。【我を癒せ】ヒール」


 淡い光がシーマの右手を包み込む。滴り落ちていた血はすぐに止まったようであった。彼は手のひらを握ったり開いたりして確認する。


「内部破壊だ。恐ろしいね、一瞬遅れていたら僕は死んでいたかもしれない」


「そ、そんな……」


「彩乃ちゃん、気にすることはないよ。ただの道具だと舐めていた僕の責任だ。君もシャルロッテ様から教わっただろ、戦場では一瞬の油断が死を招くって」


「ええ……。でも……」


「彩乃ちゃん、昨日はずっと起きてたんだろ。由美ちゃんの作った食事を食べたらゆっくり眠るといいよ。君が気に入るような可愛らしいお部屋とふかふかのベッドを用意したからね。喜んでもらえるとうれしいんだけど」


 そうシーマが言ったタイミングで、由美と拘束を解かれてもぶつぶつ言ってるエアリィが食事を運んできた。それはシチューのような料理だったが、おいしそうに食べるシーマの表情を見た彩乃は、魔法以上に由美から料理を教わり彼の胃袋をつかんでやろうとそのとき決意したのだった。

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