第13話 同棲疑惑
眩しい光のトンネルを抜ける。少ししてぼんやりしていた彩乃の視界もはっきりしてきた。
「うわぁ! 海だ! 海だよ、お姉ちゃん!」
どこまでも続く真っ青な海と澄みきった青い空がそこには広がっていた。白い砂浜もずっと先まで続いている。
「はい、彩乃様。おそらくここはシーマ様のお住いのある孤島ではないかと」
「由美ちゃん、正解。良い景色でしょ。彩乃ちゃんをお迎えするにはここがいいかなってね。いろいろ『ゲート』を設置する候補地は考えたんだけど、反応を見るに大正解だったようだ。ようこそ僕のプライベートビーチへ、彩乃ちゃん」
「こ、ここって、ししょうの?」
「うん。国から昔、褒賞としていただいたちいさな島だね。本土まではかなり距離があるから誰もこないし安全だと思ってたんだけどね。まさかクマ獣人たちが大型帆船に乗ってやってくるとは……。ああ、船は沈めておいたから心配ないよ」
――クマ獣人たちって、あの連中のことか。船を沈めたっていうのは魔法の力ってことなのかな。ししょうは心配ないって言うけど、船に乗っていたひとたちはどうなったんだろう……。
シーマに連れられて彩乃と佐久間は砂浜から緑の美しい草原を歩いていく。佐久間のほうは来たことがあるようで、きょろきょろと辺りの様子をうかがう彩乃の初めて見る花などの植物についての質問にひとつひとつ丁寧に答えていた。
「おおっ、変な虫だ。羽が透明で蝶々みたいだけど……。六枚? 羽が六枚もあって。ええっ、頭が二つもある! あっ、お花に食べられちゃった! これって食虫植物ってやつなの? げっ、動いた。こ、こっちにくるよ。由美姉ちゃん!」
「そうですね。これは植物に擬態する魔物の一種です。名前は忘れましたけど、目や鼻なんかはないのですが魔力を感じられる器官を有しているらしく、彩乃様の上質な魔力の香りに誘われたのでしょうね」
そういうと、キーッと謎の声を発しながら根の部分を足代わりにくねらせて彩乃に近づくソレを、佐久間は容赦なく踏み潰す。
「うげぇ」
彩乃はちいさく声を上げる。佐久間の履いたスニーカーの下では花っぽい謎生物が紫色の体液を撒き散らして痙攣していた。しばらくするとそれは動かなくなり、光の粒子となり消えてしまった。
「えっ、消えちゃった……」
「はい。こちらの世界では魔力を有する魔物と呼ばれる存在は命尽きるとこのように分解され消滅します。実は人間でも同様であり魔力値の低い者は死んでも死体が残りますが、例えば彩乃様のような高貴な存在だと間違いなく粒子となり、その存在ごと天に召されると言われております。ちなみに私は死体のほうです」
「は、はあ……」
とりあえず佐久間の言葉に頷くくらいしか彩乃にはできなかった。
「その『光となりて天に召される』というのは教会の好きな言い回しだね。魔力の多寡で人を選別しているけど、このサラセニンみたいに下等な魔物でも魔素に分解されちゃうんだから、ただの自然界の仕組みであって神の意図は関係ないんだ」
彩乃にはシーマの言葉の意味はよく分からなかったが、自分がここで死んだら粉々になって消えてしまうという事実だけは理解できた。
「あれが僕のお家ですよ。お姫様」
「あっ、かわいいお家」
遠くに見えるそれは絵本の中に描かれていそうな木造りの小さな家であった。歩いていくと色とりどりの花を咲かせているレンガで囲まれた花壇も見える。それはちゃんとした植物のようで突然歩き出すというようなことは無かった。
「ただいま!」
シーマがそう言って家の扉を開くと、彩乃には見覚えのあるソレが飛び出してきた。
『おかえり、シーマ。そしていらっしゃいませ。彩乃ちゃん! 由美ちゃん!』
「へっ!? 本物なの?」
自分の頭の上を飛び回る妖精エアリィを呆然としながら目で追う彩乃。
「ああ、本物だね」
『ダネー』
「エアリィ、食事の支度をするからあなたも手伝いなさい」
佐久間の声に嫌そうな顔をする妖精。
「ええーっ、私、彩乃ちゃんと遊びたいんだけどー」
「なりません。彩乃様とシーマ様はこれから大切なお話をされるのです。あなたがいては彩乃様が集中できません」
「ちょ、ちょっとぉ。それは反則! 自分でいくからぁ」
佐久間の指先から伸びた光の紐のようなもので拘束されるエアリィ。ぐるぐる巻きにされ、まるで蓑虫のように吊るされた妖精は、彼女とともに先に家の中へと入る。
「じゃあ、彩乃ちゃんどうぞ。ようこそ我が家へ」
シーマが優雅な仕草で招き入れる。
「ええっ? どうなってるのこれ?」
扉をの中には外観とはまったく異なる広い部屋空間があった。外からは彩乃の住んでいた家基準でせいぜい二部屋ある程度のイメージだったのだが、テレビで観たお金持ちの豪邸のようなリビングがそこにはあった。さらに見えるドアの数から最低でもさらに八部屋あるようだった。
「ええっと、空間魔法の応用っていうか、彩乃ちゃんに説明するのはいまはまだ難しいかな……。そのうち分かるようになるからさ」
「ま、魔法ってやつによるのですね……」
「そ、そういうこと」
たぶん本物の革張りだと思われるソファに彩乃は腰掛ける。対面にシーマが座ると奥の部屋から佐久間が二人分のお茶とお菓子を運んできた。エアリィは謎の光の紐に巻かれたまま佐久間の腰のあたりから吊るされている。とても不機嫌そうな顔をしているが黙ったままである。
「どうぞ。シーマ様、高級そうな茶葉があったので使わせていただきました。いつものところに置いてあるものが無かったので。よろしかったですよね」
「ああ、もちろん」
彩乃には佐久間の『いつものところ』という言葉がひっかかった。
「由美姉ちゃんは、ししょうのお家にくわしいんだね」
「ええ、二年ほど一緒に暮らしておりましたから」
「えっ!? ええーーっ!」
彩乃は思わず絶叫してしまったのであった。
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