第11話 アヤノ・ミズガルド

「ああ……。何あれ?」


 木々を抜けた先にはおそらく石造りなのだろう建造物があった。白く幾何学模様の装飾が刻み込まれたそれは、日本の田舎の山奥には似つかわしくなくないもので、非現実感がカタチとして現実世界に存在してしまっているように彩乃には思えた。入口部分からは光が溢れ出していて眩しく、その先を見通すことができない。昇り始めた朝日を浴びてその荘厳さが更に増す。


「彩乃様、あれが『ゲート』です。外世界、つまりこの世界とあちら側を繋ぐ奇跡の扉です。これは美雪様の長年の研究により組み上げられた魔法術式によるものです」


 佐久間はそう言うと、美雪の方を見た。


「いえいえ、そんな大層なこと。もともとあったものを使えるようにしただけなのよ。私だけじゃなくていろんな優秀な人たちの手を借りてね。あら、やっと来たようね」


 祖母の言葉に彩乃が再び『ゲート』の方を見ると、人影らしきものが見える。


「お婆ちゃん、誰か来る!」


「そうね」


 祖母はそれが誰なのか分かっているのだろう、動揺もしていないそのいつもの笑顔をみて彩乃は警戒を解いた。


「えっ! ええっ!?」


 黒の大きめのローブには細かな金の刺繍が控えめにされているが、それは誰がみても高貴な者が身につけるにふさわしいものに見える。右手に持つその男の身長をゆうに超える木製の杖もお伽噺の魔法使いを想像させた。しかし、彼の登場が彩乃を大きく驚かせた。


「し、ししょう!?」


「やあ、彩乃ちゃん。大変だったみたいだね。僕もあっちで襲撃されちゃってね、到着するのが遅れてしまったよ」


 それは彩乃がいつもオンラインで勉強を教えてもらっていた島その人であった。そしてその場に固まる彩乃の横を彼は通り過ぎ、美雪の前まで来ると片膝をつき頭を下げた。


「我が師、大賢者シェヘラザード。ご健勝のようで何よりです」


「そうね。あなたも変わりないようね、シーマ」


「はあ!?」


――しぇへらナントカに、しーま? な、何なのよ?


 この謎の事態に佐久間の助けを求めようとしたが、彼女も島の後ろで膝をつき頭を下げていた。


「彩乃ちゃんを驚かせてしまったわね。だけどいずれはバレてしまうことだし、いいでしょう」


 美雪の言葉に島は意図を汲んだのか、手に持った杖を一振りすると人数分の木の椅子とテーブルが目の前に現れた。


「へっ!? ししょうも魔法を?」


 佐久間の光の玉のときとは違って、具体的なモノが出現するそれは彩乃には大掛かりなマジックのようにも見えた。だがもちろんのことタネや仕掛けがあるようにも思えない。

 

「ええ、彩乃様。賢者シーマは我が国でも最高の魔法の使い手でございます」


 佐久間が顔をあげてそう島のことを称賛する。彩乃は彼女と打ち解けて今では自分がずっと欲しかった姉のように慕う気持ちはあるのだが、自分の知らない島のことを自慢気に語るその姿に少し嫉妬する。


「いやいや、由美ちゃん。大賢者様の前でそう言われてもちょっと恥ずかしいんだけど」


「そんなことないわよぉ、シーマ。あなたは私が教えてきた中でもトップクラスの魔法使いよ」


 美雪も楽しげにそう言う。


――ししょうは、お婆ちゃんに魔法を教わったってことなの? ということは、ししょうの師匠がお婆ちゃん!?


 そもそも祖母と島に面識があること自体が彩乃にとって驚きなのだが、そこに魔法なんてものが介在することで彼女は大きく混乱する。


「ありがたき幸せ。ですが、やっぱり僕はトップではないのですね……」


 島は少しだけ悔しそうな表情をみせてから美雪に向かって言った。


「いいえ、一般的な意味ではあなたが間違いなく最高の魔法使いよ。でもね、条件付きだけどもあの魔法だけに限って言えばあの子には劣るわね」


「分かっておりますとも、それは僕も認めてますからね」


 島の表情は穏やかなものであった。


――何? あの子って誰よ? もしかしてまた女? きっとそうよ、そうに違いないわ!


 こんな良くわからない状況に置かれているせいもあるのだが、彩乃の妄想は勝手に膨らんでいく。いま島が遠い目をして思い浮かべている存在が女の人だったら、そう考えると言葉にはできないのだが、でも落ち着いていることもできなかった。


「ちょ、ちょっと。すとーっぷ! 私だけ全然話が見えてないんだけど! もしかして私のこと忘れてる?」


 さすがに我慢できなくなった彩乃が叫ぶ。


「あらあら、ごめんなさいね。つい久しぶりだったから」


 そう笑いながら美雪は席についた。それを見て三人とも椅子に腰掛ける。


「それじゃあ、私のことから話しますかね。彩乃ちゃん、いいかしら?」


「う、うん」


 自分が少し不貞腐れた顔をしていることに気づいた彩乃は、なんとか気持をニュートラルな状態に戻そうとつとめる。


「まず、お婆ちゃんの名前は本当は、シェヘラザードっていうの。大賢者っていうのは周りの人が勝手に言っていることだから気にしないでね。私はその呼ばれ方、あまり好きじゃないのよね。そして、もう彩乃ちゃんには分かっちゃったかもしれないけど、あの『ゲート』の向こうにあるこちらとは異なる世界の出身なの。そう、異世界人ってやつよ」


「お婆ちゃんが、異世界人……」


「そう。そしてこの二人も私と同じ異世界人ね」


「ししょうと由美姉ちゃんも、異世界人……。お婆ちゃん、すると私も異世界人なの!?」


 立ち上がって叫ぶ彩乃。雪恵が落ち着くよう手と表情で示すと、彼女は仕方なく話の続きを聞くために椅子に座り直す。


「正確に言うと、半分ね」


「半分……」


「あなたのお父さんである聖也さんはこの日本の出身。そしてあなたのお母さん、雪恵ちゃんの本当の名前は、シャルロッテ・ミズガルド。ミズガルド王国の第38代の王様ね。ああ、王国が女系君主の国だっていうのは聞いたかしら?」


「それは私からお伝えしております」


 佐久間がそう教える。


「なら問題ないわね。その娘である彩乃ちゃんはお姫様ね。アヤノ・ミズガルドさま」


「み、みずがるど……」


「そして、私と雪恵ちゃんは血の繋がりはないのよ……。つまり彩乃ちゃんともね」


「えっ!? お婆ちゃん!」


「でも、泰造さんも私もあなたのことを本当の孫のように今でも思っているわよ。私はもともとミズガルドの人間じゃなくてね。ずっと遠いところから若い頃に流れ着いてきたのよ。そのときに魔法の腕を買われて気がつけば筆頭宮廷魔導士なんてたいそうな呼ばれ方をすることになって……。そのときにたまたまあちらの世界に渡っていた泰造さんと出会ったの。その話は長くなるから機会があればね」


「シェヘラザード様、そろそろ『ゲート』の活動限界に……」


 島が言いづらそうに伝える。


「あら、もうそんな時間なの? 残念ね。この二人のことやもっと詳しいことは、あっちの世界でシーマや由美ちゃんから聞くといいわ。この『ゲート』の再起動には時間が掛かるから、しばらくあなたともお別れね」


「お婆ちゃん!」


「そうそう、雪恵ちゃんも泰造さんも怪我一つなく自衛隊さんたちをやっつけちゃったわ。彼らにも怪我人はでなかったのよ。凄いわねぇ、あの二人」


「お母さんと、お爺ちゃんは?」


「それも教えておかなくちゃだったわ。嫌だわ、年を取るとどうもいけないわね。なんでも総理大臣さんに文句があるとかで、二人してタクシーを呼びつけて東京に行っちゃったわよ。殴り込みってのかしらねぇ。お昼くらいには全国ニュースで観られるんじゃないかしら。お婆ちゃん、楽しみだわ。彩乃ちゃんはあっちの世界だから、お母さんたちの雄姿が見られないわね。代わりにちゃんとビデオ録画しておくから心配ないわよ」


「録画って……」


 いろんな整理できない気持が彩乃の中に渦巻いてはいたが、祖母のいつもの穏やかな笑顔をみたら、これまでと何も変わらないのだと彼女には思えるのだった。


「じゃあ、行こうか。彩乃ちゃん。いや、参りましょうか姫様」


「ちょ、ちょっと。ししょう、いつも通りでお願いします! 何かそれだと調子狂っちゃうし……」


「そう仰られるなら、このシーマ、ご命令に従いましょう。じゃ、彩乃ちゃん、行こうか」


「はい! ししょう!」


 そうして美雪に見送られながら、彩乃たち三人は『ゲート』の光の中に足を踏み入れたのであった。 

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