第7話 爆走するトラ子

「お婆ちゃん、運転できたんだ」


「あら、彩乃ちゃんは知らなかったかしら。乗り物はだいたい大丈夫かしらね。でも……」


 白の軽トラックに乗り込む美雪と彩乃。彩乃がシートベルトをつけながら祖母を見るとハンドルの付け根あたりを何やら触っている。


「どうしたの? 何か問題でも……」


 心配になった彩乃が声を掛けようとした時、電子音声がそれを遮る。


『問題ハ現状確認デキマセン。ルート設定マタハ目的地ヲオ伝エクダサイ』


「しゃ、しゃべった!? 軽トラがしゃべったよ、おばあちゃん!」


「そうね。彩乃ちゃんがお昼寝してるときにお爺ちゃんといっしょに魔改造したのよ。なんだかこういうの久しぶりで楽しかったわ。最近のスマホは優秀で助かったわよ。頭脳部分は思ったより安上がりですんだわね。でも、エンジンはお爺ちゃんが張り切っちゃってねぇ。後ろの荷台をごらんなさいな」


 恐る恐る彩乃が後ろを振り返るとそこにはパイプのようなものが並ぶ機械的なナニカが見えた。


「荷物が乗せられないじゃないの。っていうか何? いいえ、言わなくていい。あれがこの子のエンジンなのね」


『ソノ通リデス。水冷直列4気筒……VTEC TURBO……』


 軽トラも何だか自慢げに解説を始めだしたが、自動車に興味のない彩乃にはチンプンカンプンであった。


「オーバースペック気味なんですけどねぇ。軽トラックなのにターボエンジンだし。でもお爺ちゃんが言うには車には夢とロマンを乗せなきゃいけないそうなのよ。まあ私にとっては、自動運転だったらあとはどうでもよいのだけれどね」


「はあ……」


「さて、トラ子ちゃん出発よ!」


『マスター美雪。了解。最短時間ニテ敵ヲ排除シツツ目的地へ向カイマス』


「トラ子ちゃん? 敵を排除って……。ん? きゃあーーーーっ!」


 祖母の元気な掛け声と電子音声。直後の想像していなかった急発進、急加速に悲鳴を上げる彩乃をよそに軽トラ、トラ子は山道を爆走し街を目指すのであった。




「はあ……、はあ……。気持ち悪いのですぅ」


 助手席からフラフラの彩乃が降車すると同時にその場にへたり込む。


――絶対死ぬって思った。トラ子は武装した男の人たちを次々跳ね飛ばしていくし、車の前からなんかペイント弾みたいなのが発射されまくってたし、生きてるのが奇跡だわ。


「あらあら、これは大変。ちょっとじっとしててねぇ」


 あの暴走トラックの走行にもいつもと変わらない笑顔の祖母が、彩乃の背中に触れる。


「【この弱りし者を癒やし給え】。ヒール」


「ん? あれ? 気持ち悪くなくなったよ。お婆ちゃん、いま何か呟いたよね?」


「さあ?」


 気持ち悪いのは無くなったが、もうこれ以上身内の謎に踏み込むだけの気力はいまの彩乃には残ってはいなかった。彼女は周りを見てここが最寄り駅の駐車場だということを確認してほっとする。夜もすっかり更けているようだが、まだ電車があるらしくスーツ姿のサラリーマンや制服姿の高校生たちがたくさん見えた。近くにあった自動販売機で買ってきたのだろうペットボトルのお茶を祖母から渡してもらうと、口に含んでからゆっくりと飲みはじめた。


「ちゃんと来てくれたようね」


 祖母の声に顔を上げるとそこには彩乃のよく知る女性が立っていた。


「さ、佐久間先生?」


 それは彩乃の中学の担任、通称お姉さん先生の佐久間だった。いつもの学校での教師然としたスーツ姿ではなく、STUSSYのピンクのTシャツにデニムのミニスカート。ショートヘアの黒髪でボーイッシュな雰囲気。学校の女子たちの人気も高いのだが、目の前の彼女は彩乃にはまるで別人のように見えた。


「彩乃様、明智博士、よくご無事で」


――いまなんて? 彩乃さま? 博士って……。


「由美ちゃん、やめてよ。博士だなんて。もう研究からは退いたお婆ちゃんなんですから」


「いまだ博士……、いえ、美雪先生を慕う研究者は多く、私もご復帰を願っている一人でありますから」


「お、お婆ちゃんって凄い人だったの!?」


「そうです彩乃様。研究内容の機密性から表には出ることはありませんでしたが、美雪先生の存在が我が国の魔導科学研究を世界のトップレベルに引き上げたことに間違いはありません。この技術が世界に開示されたならノーベル賞だって……。申し訳ありません、これ以上は彩乃様にもお話できない内容でした」


「何言ってるのよ。この世界では使えない技術よ。意味も価値もないわよ」


「いいえ、あの基礎研究の成果が他の……」


 美雪の人差し指が佐久間由美の唇に当てられると、彼女はそれ以上何も言うことはできなかった。


「あ、あの……、それと先生。何か私の呼び方が変なんですけど……」


「こ、これは失礼いたしました。ですがこれについてもまだ詳しくはお話することができません。学校では職務上仕方なく……」


「もう、いいです。えっと、問題ないという意味ですよ。大人っていろいろあって大変なんですよね、きっと」


「は、はい。そう言っていただけると私としても助かります」


――中学生の私なんかにに頭を下げなきゃいけないなんて……佐久間先生。ああ、やっぱり大人になんてなりたくないかも。


「じゃあ、私は戻りますね。由美ちゃん、彩乃ちゃんのことよろしくね」


「はいっ! この命に代えてもお守りいたします」


 ぼうっとしていて祖母と先生のやり取りをスルーしそうになった。


「えっ、ちょっとお婆ちゃん! 戻るって?」


「だって、泰造さんや雪恵ちゃんが……。いいえ、そっちじゃなくて隊員さんたちのほうよ。怪我人がいるでしょ人手は多いほうがいいから。それに帰りもトラ子がいるから私のことは心配ないわよ」


『ソウデス。マスター美雪ノ事ハ、私ニオマカセクダサイ』


――お爺ちゃんはどうか分からないから心配だけど、ウチの鬼軍曹が遅れをとるというイメージはたしかに浮かばない。それにトラ子、あんたって……。この子、ただの人工知能なんだろうけど、なんだかお婆ちゃんを任せてもいい気がする。


 急発進、急加速して去っていく祖母とトラ子を見送るも、運悪く巡回していたパトカーに見つかり追われていくその様子を佐久間と唖然として眺めていた彩乃。しばらくして我に返ると終電を目指す人混みに紛れ込む。指示通り、戻る際には防犯カメラの死角をすり抜けて佐久間の待つ乗用車に乗り込んだ。電車に乗って逃走したことを偽装するための行動であった。


「一応、美雪先生がネットワークに繋がっている防犯カメラにはハッキングを仕掛けているようですが、ここまでしておけば時間は稼げるでしょうね」


「先生、それでここからどこへ行くんですか? もしかして先生のお家だったりして。うわぁ、楽しみかも!」


「いえ、申し訳ありません彩乃様。私も明智様たちと同様に組織を裏切った身です。すでに公安が私の部屋を押さえていることでしょう。この車も偽造した免許証で借りたレンタカーです」


「そ、そうなんだ……」


「あ、あの。島先輩から何か指示があるのではありませんか?」


――島先輩? センパイだと!?


 ししょうから教えてもらった連絡先を忘れていたことよりも、同性から見ても間違いなく可愛い佐久間先生と、ししょうとの関係のほうが彩乃には気になってしまうのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る