第6話 実はバーチャンアイドル

 どれだけ時間が経ったのか彩乃には分からなかったが、意識の中で時間が引き伸ばされて感じられているようで、実際のところ数分しか経っていないのではなのかとも彼女には思えていた。


「やはり、これではらちが明かぬな。ここから母は本気で行くぞ。彩乃、お前に『チカラ』の開放を許そう。それにより自分がいかなる存在であるかを実感できるかもしれんからな」


「はあ? お母さん、何言ってるのよ。あれだけ苦労してこの忌々しい力を封じ込める努力をしてたっていうのに……。もう、ふざけてんの? ねえ。私、いま本気で怒ってんだよ!」


「好きにすればよい。母はお前に憎まれることなど何とも思ってはおらん。お前が『チカラ』を使わぬのであればただ死ぬだけのこと……。私はそのような弱き者を自分の娘だとは思わぬ」


 そう言いニヤリと嗤う雪恵の顔を見て、彩乃の頭には一気に血がのぼった。かつて叩き込まれた『いかなる苦境にあっても冷静であれ』という母の教えなんて既に吹き飛んでしまっていた。


「いいわよ! やってやろうじゃないの」


 もう昔から使っていたかのような相棒アン・シエル・クレールの柄を握る手に力が入る。

 

 


「あら、残念。雪恵ちゃん、彩乃ちゃん、お客様が思っていたより早く到着しそうだわ」


 突然発せられた、場にそぐわない祖母の明るい声に母が剣を下ろす。それを見て、彩乃もその切先を下げる。


「そうですか……。それならば仕方ありませんね。では、お父さん、お母さん、手はず通りお願いいたします」


 予期していたかのように、祖母の方を向いて頭を下げる母の様子を見て、彩乃は声を上げる。


「な、何なのよ?」


「もう少しお前の成長を確かめていたかったのだがな。一応及第点だといっておこう。この先お前がその剣にふさわしい剣士になることを私は祈っている」


 再び彩乃の方を向いて話すその表情は、厳しいけどもちゃんと優しいいつものお母さんの顔だった。


「全然言ってる意味が分かんないよ!」


「島から聞いているだろう。彩乃、お前を狙っている少なくとも二つの勢力があるのだ。私とお爺ちゃんはお前を逃がすために今から打って出る。お前はお婆ちゃんと一緒に逃げなさい」


「はあ!? ししょうから悪い大人たちがいるから気をつけろとは聞いたけど、それが今なの?」


「ああ」


「いや、だったら警察に電話しなきゃ!」


「残念だが公安は動かない。上からの圧力だな。自衛隊の特殊部隊あたりがこちらに向かっていると考えられる。表向きは戦時中の不発弾処理のためだとか理由をつけているのではないかな。おそらく近隣住民のほとんどは既に退避させられているはずだ」


「ええ!? 戦車とかミサイル相手じゃ勝てるわけないよ!」


「さすがにこんな山の中では戦車もなかろう。それにミサイルのような物が持ち込まれていたとしても、連中の有するSSM、地対地の誘導弾程度であれば私の剣の前には敵ではない。それよりも厄介なのはレンジャーだ。彼らの練度は非常に高い。我が配下に置いておきたいと思うほどにな。ふふっ」


 彩乃には母が自衛隊相手でも自信ありげだということしか分からなかった。


「儂もおるしの。心配ないぞ彩乃」


 祖父の泰造が大きな鉄の筒を背に、彩乃に声をかける。


「お、お爺ちゃん。何それ?」


「89mmロケット発射筒じゃな。大昔の骨董品に儂が手を加えた究極の一品、スーパーバズーカじゃよ」


「ど、どうしてそんな物騒なもの持ってるのよ!」


「これは……。趣味じゃな……」


 彩乃からそっと目を逸らす祖父、泰造。


「……」


 ――家族は真剣やらバズーカ砲やら平気な顔して出してくるし、私は狙われてるみたいだし、どうなってんのよ。お父さんがどっか行っちゃってるいま、唯一頼れるの常識人はお婆ちゃんだけ……。


「お、お婆ちゃん。何してるの?」


 祖母は老眼鏡をかけて、簡易テーブルの上にいつの間にか置かれているノートパソコンのキーボードを、打鍵していた。


「敵さんの位置はおおよそ推定できたわ。彩乃ちゃん見ててご覧なさい。


 祖母の美雪が軽やかにエンターキーを叩く。


「ああ……、何これ……」


 轟音とともに離れた山の中から次々と火柱が立ち上がっていく。祖母はさらに取り出したスマホでそれを撮影している。


「お婆ちゃん……」


「こう見えて私、ネットでは有名なバーチャルアイドルなのよ。実はお婆ちゃんアイドルなんですけどもね。ふふっ。いんふるえんさーっていうの? 海外を含めたらフォロワーさんはいまは二千万人くらいだったかしら。この動画、すぐに拡散するわねぇ。これであちらのお偉いさんたちは、とっても困るんじゃないかしら」


 いたずらっ子のような笑顔のまま祖母は再びパソコン操作に戻る。いま撮られた動画が流れるような操作で投稿されるまで、彩乃は息をするのも忘れてしまっていた。


「ぷはっ! もう、ワケがわからないのです……」


「そろそろ行きましょうかね。さあ、彩乃ちゃん急ぎますよ。残念だけど、もうしばらくしたらこのお家もハデに爆破しますからね。懐かしい思い出と一緒に大爆発よ」


「ひえっ!?」


 彩乃にはもう何を言う気力も残っておらず、祖母に手をひかれるままその場をあとにしたのであった。

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