第27話 一人
「ぶえっくしょーん! ふぇっくしゅーん! ぶふえっくしゅーん!」
「ふるふ!? ふるっ!? ふるる〜!?」
私はベッドの上に寝転がりながら、ちーんと鼻をかむ。
わたあめが、心配そうに覗き込んでくれた。
「いやあ、さっきからクシャミが止まりませんね……もしかして風邪でも引いちゃったんですかね? 体感すこぶる元気なんですが……へっくしゅーん!」
「ふるふふっ!?」
再び訪れた私の大きなクシャミに、わたあめが驚いたようにぴょんと跳ねる。
「うう……今日は早く寝た方がいいかもしれません……明日も理想のスローライフを目指さなくてはですしね……」
「ふるふ〜」
私はベッドから起き上がると、電気を消してから布団に潜り込む。
わたあめも隣に入ってきてくれたようで、ふわふわの毛が頬の辺りに触れて少しくすぐったかった。
私はそっと、目を閉じる。
……いつもなら、すぐに眠れるはずなのだけれど。
今日は中々、寝付くことができなかった。
リリアンと、トロスと、シグレと過ごした日々の記憶が、幾つも思い出されるからだ。
――――私は自分の前世で歩んだ人生が、正直に言うと好きではない。
沢山殺して、沢山死なせて、沢山憎まれた。
勿論、それだけではなかった。
優しくしてくれる人も、感謝してくれる人も、救われたと涙を浮かべながら言ってくれる人も、いた。
……でも、私は、愚かだから。
そういう温かなやり取りも、悪意の思い出によってすぐに塗り潰されてしまう。
勇者であることは、辛くて、苦しくて、できることなら誰かに代わってほしかった。
……それでも私が、勇者であることができたのは。
間違いなく、三人のお陰だった。
トロスは私に笑顔をくれた。
彼の突飛な発想や破天荒な在り方は、自分には到底ないもので、どれだけ一緒にいても飽きることはなかった。
シグレは私に優しさをくれた。
頭がよく美しい心を持った彼に見えている世界は、私が見ている景色とは全く異なっていて、とても勉強になった。
リリアンは私に勇気をくれた。
脆さや臆病さを抱えながらも、与えられた使命を頑張り続けようと努力する彼女の生き様は、本当に綺麗だった。
三人のことが好きだった。
誰にも死んでほしくなくて、皆を庇って魔王の戦いで一人だけ死んでしまうくらいには、愛していた。
三人がいなければ、私はどこかで世界を見捨てて自殺していたと思う。
それくらい、心の拠り所だった。
(トロスと、シグレも、元気でやってるんですかね…………)
寝方を時折調整しながら、私はそんなことを考える。
(皆と会うことなんてまずないと思っていたのに、リリアンと偶然再会しちゃいましたし……もしかしたらいつか、二人とも、会えるのかもしれないですね……)
(……会いたいけど、会いたくないような、不思議な気分ですね)
(……仮に、仮にですよ。もしも私がティアラの生まれ変わりだって皆に伝えたとして、皆と一緒にスローライフを送れたら……)
(……あはは。何だかそれって、すごく甘美かもしれません)
(まあ、トロスはスローライフとか嫌がりそうですが……)
思考に身を任せていたら、ようやく眠気が生まれてきた。
私は既に眠ってしまったらしいわたあめをぎゅっと抱きしめて、霞んでいく意識を受け入れた。
*・*・
「おい、ティアラ? ……ティアラ!」
「………………ん?」
私は、ゆっくりと目を開く。
視界に映ったのは――トロス、だった。
「あれ……私、何してたんですっけ」
「いや何で忘れてんだよ! 魚釣りだろ、魚釣り! お前がスローライフスローライフって騒ぐから、皆で来たんじゃねえか!」
「そう、でしたっけ」
答えながら、私は辺りを見渡した。
確かに、森の中を流れる川の側に私たちはいた。
少し遠くでは、シグレが足を組みながら川に釣り糸を垂らしている。
リリアンはバケツの中を眺めながら、「ううう……どれも美味しそうなお魚さんだよう……!」と言ってにこにこしている。
「ほら、休憩は終わりにしてさっさと釣りに戻ろうぜ。どっちが同じ時間を掛けて大量の魚を釣れるかバトル、まだ途中じゃねえか」
そう告げて笑う、トロスの前で。
……気付けば私は、ぼろぼろと涙を零していた。
「えっ、はっ、ええ!? 何で泣き出すんだよ!? 俺なんかまずいこと言ったっけ!?」
「いや……違くて、なんかすごい、嬉しくなっちゃって」
「はあー!? どういうことだ!?」
おろおろとするトロスが可笑しくて、私は泣きながら笑ってしまう。
「えっ!? シ、シグレくーん! トロスくんがティアラちゃん泣かせたみたいだよ〜!」
「…………!? な、何事ですか!?」
リリアンとシグレも、いそいそと駆け寄ってきた。
「もう、トロスくん、何言ったの!? だめだよ〜!」
「いや俺も何がだめだったかマジでわかんねえんだ! 『バトル』という言葉がスローライフに不適切だと思われたのかもしれん……申し訳なかった……」
「ティアラさん。よければこのハンカチ、使ってください」
私はシグレが差し出してくれたハンカチを受け取る。
涙を拭いてから、皆へと微笑みかけた。
「……あんまり言ったこと、なかった気がしますが……私ね、皆のこと、大切だったんですよ」
もう、気付いている。
――――これは、夢だ。
だから私は、それ以上の言葉を紡がなかった。
きっと、本当の世界でまた皆と会えたときのために、取っておくべき言葉だと思ったから。
……それでも、
幸福な夢だと思った。
*・*・
「ん…………」
ぬるい温度を感じて、目を覚ます。
わたあめが、すぐ側にいた。
閉じられたカーテンから、朝陽が差し込んでいるのが見える。
「あ……もしかして、涙、舐めてくれたんですか?」
「ふるふ!」
「……ありがとうございます、わたあめ」
私は、柔らかく微笑んだ。
「…………ねえ、わたあめ。私のこの人生における目標はね、理想のスローライフを送ることなんです」
「ふるふっふ!」
「……でも、もう一つ、目標を追加する気分になりました」
「ふるふふ?」
「うん。……大切な人たちに、会いに行こうと思うんです」
私の言葉に、わたあめは数度瞬きを繰り返してから。
にこっと笑って、「ふるっふ〜!」と答えてくれた。
「あはは、ありがとうございます、わたあめ。……君と出会えて、本当によかったです!」
「ふっふっふ〜」
「さ、それじゃあ、朝ご飯食べに行きましょ!」
「ふるっふふ〜!」
私とわたあめはベッドから抜け出して、勢いよく扉を開いた――――
*・*・
【あとがき】
ここまでお読みくださり、大変ありがとうございました…! 作者の汐海です。
こちらの作品は別の小説投稿サイトのコンテストに向けて書いたものでして、下限が50,000字ということで、ここで一旦完結となります…! また後日続きを書くかもしれません〜!
物語にお付き合いくださり、改めてありがとうございました! これからも執筆を頑張るので、よければ応援していただけるととっても嬉しいです。ではでは!
元勇者、幼女に転生したのでチート級魔法を駆使して理想のスローライフ目指します 汐海有真(白木犀) @tea_olive
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