第2話:魔神王ソロモン

 ソロモン復活祭に足を運ぶと、そこには数えきれないほどの魔族が集まっていた。周囲には興奮と恐れが交錯し、魔界全体が緊張に包まれているのが感じられる。巨大な広場には、闇の中で光り輝くステージが設置されており、その中央にはソロモンが立つ予定だ。


 ソロモンの復活を目の当たりにすることは、全ての魔族にとって一大事だった。その存在は、ただの強者というだけでなく、魔界の象徴そのものだからだ。アメノはその場の熱気と重圧を感じながら、中央を見下ろす。


 この日だけ特別に全ての界が一箇所に集まる。それでも下界の人達は透明の壁越しで同じ空気すら吸うことなど許されてないが。


「あ、アメノくん!会いたかったよ!」

 

 そう話しかけたのは、緑色のクルクルヘアーが特徴的なラミアだった。


「ラミア、久しぶりだな」


 ラミアは上界に住んでおり、アメノは下界の住人のため、普段は接触が難しい。それでもラミアはこっそりとアメノに会いに来てくれる。


「ソロモン様の復活を見に来たの?」

 

 ラミアが問いかける。


「まぁ、そんなところだな。ラミアはどうしてここに?」


「ここに来た理由は一つよ!ソロモン様の復活を祝うために上界から来たの。それと、もちろんアメノくんに会うためにも」


二つじゃねぇーかと思うもアメノは口に出さない。空気が読める男なのだ。


「それにしてもアメノ君って本当に変わらないようね、私達幼なじみだよ?なんか幼い時から変わってないように見えるけど」


「そうか?気の所為だろ」

 

 ラミアは手を飛ばして身長とかを確認するが、やはり納得言ってない様子だった。


「そんで、お前がここに居ていいのか不味くないか上界が下界に接触するのは。ただでさえ下界の奴らは嫌われてんのによ」


下界の者たちは、他の層からとにかく嫌われている。その理由は多岐にわたる。品がない、乱暴すぎる、秩序を乱す――挙げればきりがない。


『郷に入れば郷に従え』という言葉があるが、それがまったくできないのが下界の特徴だ。規律を守るつもりもなく、自分たちの流儀を押し通す。そんな彼らが、上層部から疎まれるのも無理はない。


それでも彼らが完全に排除されないのは、一応「駒」として利用価値があるからだ。


「大丈夫、大丈夫。アスモデウス様から許可取ってるしさ」

 

 アスモデウスとは12魔王の一人だ。魔神王ソロモンに次ぐ権力者であり強さを持つ者たちだ。


「それならいいけど──」


「おーい!ラミアこんなところにいたのか。もう行くぞ」

 

タイミングよく現れたのはアスモデウスだった。彼はラミアのもとへ駆け寄る。その姿はピンクと白が絶妙に入り交じった美しい髪に、キリッとした整った顔立ちが特徴的だ。


何を隠そう、アスモデウスは下界で知らぬ者はいないほどのアイドル的存在だった。そのカリスマ性と美貌に惹かれた女性は数え切れないほどだという。


「ごめんね、私もう行くよ」

 

 ラミアに先行っててと言うとアスモデウスは笑顔でこちらを振り返る。そして先程の顔が嘘のように消えていく。


「下界、あんま調子乗るなよ。ラミアは俺の女だ。いいな?」

 

 アスモデウスの脅しにアメノの後ろに居たアスタロトは一歩身体を引かせる。アメノも同様にコクコクと頷いた。


「ふん、そうか、その無表情の面が妙に癪に障るがまぁいい。今回はソロモン様が現れるんだ!俺のソロモン様が!」

 


そう言いながら、アスモデウスはラミアのもとへ駆け寄り、その肩に手を回した。大胆な仕草にもかかわらず、ラミアは嫌がる素振りを見せるどころか、自然に受け入れていた。

その顔には少しばかりの惚けたような表情が浮かんでいる。


「寝取られって奴か?」

 

 ジンロウはアメノの肩に手を置く。


「あやつはアスモデウスでござるよ、人のものを奪う事が大好きな悪魔でござる」

 


ブエルが興奮気味に話し始める。彼はアメノと同じメンバーで、周囲からは「臭い」と邪険にされることが多い存在だ。


一方で、同じメンバーのアスタロトは美人であるため、そこまで冷たく扱われることはない。その差を見れば分かる。やっぱり顔は大事だ、と誰もが無意識に思っているのだろう。


「まぁしゃーない、あの御方が相手じゃ勝てねーよ。諦めて次の恋探せ、グハハ」


 ジンロウは勝ち誇ったボーズをしてその場を去る。


「ふん、ざまぁないね」


 アザトースも追い打ちをかける。


「別に恋愛感情があるって訳じゃないけど」


ガチで恋愛感情がないのでアメノは言うが負け惜しみに聞こえたのかアザトースの声がワントーン大きくなる。


「嘘つくな、おつかれ!」


「いや、ガチなんだけど」


「バカ!お疲れ様!しね!」


 アメノは心の中で「本当のことなんだけど、まぁいいや」と割り切り、これ以上言うことは無かった。そんなこんなしていると、いよいよ始まりの時が訪れた。


 大きなドラムが鳴り響き、その重低音が全身に響く。周囲の騒音が一瞬で消え、全ての魔族が緊張感に包まれた。広場の中央に設置されたステージにスポットライトが当たり、神秘的な光が浮かび上がる。


 最初に現れたのは12魔王だ。

 ルシファー、レヴィアタン、ベルフェーゴ、マモン、アスモデウス、リリス、サマエル、ベリアル、アザゼル、アバドン、エグリゴリ、ベルゼブブの系12名の魔王達だ。

 

 大きな声が響き渡り、群衆の視線が一斉にステージに集まった。


「ルシファー様でひゅ!」


 ブエルが興奮気味に鼻息を鳴らす。それ横で見ていたアメノが口を開いた。


「そんなに人気なのか?」


「ブヒ!当たり前でふゅ!スラットしたスタイル、シュッとした顔立ち。そして何より大きな胸。男児はみなルシファーに一度は精通するデュッ」


 いや、それお前だけだろとアメノは思った。しかし反対にルシファーに敵意を向ける悪魔がいた。


「ふん、あんなカッコつけてる女どこがいいの。ブスだろ、しね」

 

 アザトースだ。彼女は侮蔑の目を向けている、これはそっとしといた方が身のためだ。

 地雷が向き出ているのにわざわざ踏みに行く馬鹿は居ない。


 そしてついに現れる。長い眠りから目覚めたソロモンが立っていた。

 赤い髪の毛に、頭には王冠を被り深紅の目を輝かせる、その圧倒的な魔力は周囲にものを圧倒的する。その証拠にソロモンを見た瞬間にショック死する下級魔人が何人かいる。お陀仏。

 それともうひとつアメノは気になっていたことがある。それは──。


「チビじゃん」


「お前バカ!殺されるぞ!」

 

 アメノの肩を揺らし警告するサタン。普段人を心配することが無いサタンですら思わず人を気にかけてしまうほどだった。正確には連帯責任で処される可能性があるからだが。


「ソロモン様は、噂によると凄い身長にコンプレックスを抱いているらしい」


シェアメンバーのアガレスが、小声で話し始めた。彼の身長は小さく、子供のような声が特徴的だ。そのため、年齢を知らなければ、誰もが子供だと思ってしまうだろう。顔にコンプレックスがあり仮面をかけている。その顔は同じメンバーであるアメノすら見てない。


 アメノは思わずアガレスに視線を向けた。


「それ、本当か?」


「本当さ。だから、周りの奴らもあまり触れないようにしてるんだ」

 

アガレスは周囲を警戒しながら続けた。ステージの上では、ソロモンが堂々と立っている。


「静粛に!!!!」

 

ルシファーの美声が響き渡った。その声は鋭く、全ての騒音をかき消した。


 アメノたちはすぐに口を閉ざし、全員の視線がルシファーとソロモンに集中した。ルシファーはステージの端に立ち、その美しい姿と冷たい眼差しで群衆を見渡した。


「今日!!この場で、我々の王、ソロモン様が復活なさった。これは新たな時代の幕開けであり、我々全ての魔族にとって重要な瞬間である」


 ルシファーの言葉は重く、魔界全体に響いた。

 ソロモンは一歩前に進み、静かに群衆を見下ろした。その視線は鋭く、誰もが息を呑む瞬間だった。


「久しいなお前ら」


 小柄な身長とは対照的に、その声は圧があり、重く響いた。声を聞くだけで身を縮ませる者や、恐怖で足元を濡らす者もいた。


 ソロモンはステージの中央に立ち、全ての視線を一身に受けながら続けた。


「私は嬉しいぞ、可愛い子供たちに会えて。長い眠りの間、私はずっと夢を見ていたんじゃ!

子供たちと遊び戯れる、楽しい夢じゃ」


 ソロモンは微笑みながら語ったが、その笑顔には冷たい威圧感が漂っていた。


 群衆は息を呑み、その言葉に耳を傾けた。ソロモンの声には、深い愛情と共に厳格な支配者の威厳が感じられる。


「けど──夢は終わったのじゃ。現実に戻り、再びこの世界を見渡すと、多くの混沌と無秩序が広がっている。だからこそ、私はここにいる。再び秩序を取り戻すためじゃ」


 魔界全体に響く声が届いた。それは深く、低く、大地そのものが語りかけるかのように、暗い空に黒い雷が閃き、地面が微かに震える。魔界の住人たちは皆、その声の源を探して立ち止まり、恐れと興味が入り混じった表情で辺りを見回した。


 黒い湖からは冷たい霧が立ち上り、その中から漆黒の甲冑を纏った戦士たちが姿を現した。天空を覆う暗雲の中からは、巨大な翼を広げたドラゴンが大きく唾を広げる。


「しかし──じゃ。」


 ソロモンは小さく呟いた。小さな声量にも関わらず魔界は静かになる。みな何かを感じ取ったのだろうか。


「私が居ない間に随分と好き勝手やってくれたようじゃないか。」


明らかに怒気が込められている。それを感じ取った者たちは、みな顔を下に向けた。


「私は眠る前に言ったはずだ。勝手に人間界に攻めるなと──それなのに貴様らは何度も人の界攻めに入った。私はそれほど信用されてないのか?」


 ソロモン言葉に、魔族たちは恐れおののき、その場にいる全員がその責任を感じていた。ソロモンの怒りは、魔界の人達とって決して無視できるものではなかった。


「そ、そんなことはありません!我ら一同は常にソロモン様と共にあります!」


 12魔王の一人、リリスが声を上げて反応した。緊張した空気の中で響き渡り、他の魔族たちもそれに続いて頭を上げ、応援するように頷いた。リリスの言葉は、ソロモンに対する忠誠と支配を誇示する意志を示す、それが逆効果になる事を知らずに。


「そうか、なら忠誠心を示せ」


「え、ち、忠誠心ですか?」


「そうじゃ、忠誠心じゃ。差し出せ。貴様達の変え難い命を」


「い、命ですか」


 リリスはソロモンの雰囲気に気圧される。


「そうじゃ、出来ないのか?なら貴様の忠誠心とやらは底が知れるのう──」

 

ソロモンの呆れたため息はリリスの命を削っている感覚を負う。


「ソロモン様待ってください、私の命をお納め下さい。それで皆が許されるなら私は嬉しい限りです」

 

シスター姿の女性、彼女はソロモン教の一人だった。


「ほう?貴様が」


「はい、ソロモン様の胃に入るならばこれ以上無い幸甚の至りであります」

 

その瞬間シスター姿の女性は爆散する。血と肉が辺りに散らばり異臭が漂う。


「うん、美味いのう!満足じゃ!満足じゃ!さ、続けてくれ!今は気分が良い、これで許してやるぞ」

 

ソロモンは口元についた血を舐めると嬉しそうに頷いた。久しぶりに口にした血だった為かいつもよりも機嫌が良かったように思える、最悪の場合数百の魔人や悪魔の命が刈り取られるので今は相当機嫌がいい時だ。


「さて、話は変わって私が今後話をする。」

 

ルシファーが大きく口を開いて宣言する。


「数百年前の戦争を覚えているか?あの時、人間族、神族、亜人族、魔族、巨人、妖精が世界を取り合い、大規模な戦争を繰り広げた。初めは魔族がリードしていたが、あいつらはプライドも無く最終的に他の種族が結託して魔族は敗北したのだ。」


 魔族があと一歩の所まで世界の覇権に迫ったが、他の種族たちはそれを不味いと感じ、同盟を結んで魔族を壊滅まで追いやった。神族、人間族、そして他種族が協力し、魔族の勢力を圧倒的な力で打ち破ったのだ。

 そのせいで、

“最強の魔神テューポーン“

“自分を喰らい尽くすウルボロス“も戦火に散っていった。

 大打撃を被った魔族は魔界に避難せざる追えなかった。度々人間界に情勢を知るために魔族を送り込んではいるが、それをいい結果は残せてなかった為ソロモンの逆鱗に触れたのだ。


「しかし!魔神王ソロモン様が復活為さった!12英英雄!十天の剣士!御神六皇!ソロモン様の前では彼らですら塵に変わる!」


 12英雄は人間族で最も力がある者たちを指し、十天の剣士は亜人族で最も力がある者たち、そして御神六央は神族で最も力がある組織を示している。


「今宵は騒ごうでは無いか!誇り高き祝典を!ソロモン様の復活が我らに勝利をもたらす我々の時代が再び始まるのだ!」


 ルシファーの力強い宣言が魔界全体に轟き、その誇り高き言葉に魔族たちは大いなる喜びの声を上げた。彼らはソロモン様の復活を祝し、新たな時代の幕開けを心待ちにしていたのである。

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ラグナロク S @Nobelia

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