第1話:アメノ・ミナカ
人間と魔族と、亜人、神族、巨人、妖魔、妖精族──通称「七界の戦争」は数百年前にその幕を開けた。長い間互いに血を流し、熾烈な戦いを繰り広げてきた。その戦争は幾多の世代に渡り、無数の命を奪い、土地を荒廃させた。そして、遂に数百年前、この長きにわたる戦争は終結を迎えた。神族、人間族、他種族は同盟を結び、その圧倒的な力と戦略によって勝利がもたらされたのだ。
戦争に敗れた魔族は、大敗北を喫して魔界へと退却せざるを得なかった。彼らはその日以来、深い悔恨と憤怒を胸に秘め、再び訪れるであろう戦いの日に備えて力を蓄えていた。魔界の深奥で密かに力を磨き、復讐の時を待ち望んでいたのだ。
そして今、その時が訪れた。魔族はかつての屈辱と怒りを呼び起こし、再び立ち上がった。彼らの眼には、かつての敗北の記憶が鮮明に映り、その復讐心が燃え上がる。魔界の闇から甦る魔族たちは、新たな力を手にし、他種族に再び挑もうとしていた。長き眠りから覚めた魔族の怒りと復讐の炎が、再び世界を戦乱の渦に巻き込もうとしていたのであった──。
♢♢♢
本作の主人公アメノ・ミナカ静かに目を覚ます。意識が戻ると、周囲の景色がぼんやりと見えてきた。古びた小屋の中、空気はどこか淀んでおり、埃と古い木材の匂いが鼻をついた。俺はしばらくの間、薄暗い天井を見つめながら、起床する。
ここは魔界。魔界は三つの界が存在する、下界、中界、上界だ。それぞれ専用ポータルから別の界に移動が可能だ。
アメノは現在下界に身を置いていた。
下界は見通しが悪く、下級の悪魔しか生息していない。常に荒れており、喧嘩が絶えない場所だ。そんなことを日常茶飯事にしているため、他の界は呆れて見てすらいない。
「寝みぃ」
アメノは目を擦りながら呟いた。
「アメノおはよう〜」
アスタロトは、くすんだ緑色の髪と柔らかい雰囲気を持つ女性だ。豊かな胸元と穏やかな表情から、お姉さんのような包容力を感じさせる。
だが、それを台無しにする欠点がある。
それは、
「う、お前相変わらず臭いな、息が」
そう、物凄く息が臭いのだ。普通の人が嗅いだら死ぬレベルで。実際下悪魔を何度か息を嗅いで失神した事もある。
「なんで倒置法なの、しかも女性に失礼よ」
アスタロトは口を膨らませて反論する。
「仕方ないだろ、事実なんだし」
興味なさそうにアメノが呟くと、同時に起き上がる。他のメンバーはまだ寝ている。
ここはシェアルームで、八人の魔人や悪魔が共に暮らしていた。《アザトース》《
アメノはアザトースとアスタロトとサタンと同じ部屋だ。
「朝からイチャつくなよ」
次に起きたのは、苛立ちを隠せないサタンだ。
「悪いな、サンタ」
「サタンだ!名前間違えんな」
サタンは怒りながら言い返す。
アメノ肩をすくめた。
「すまんすまん、寝ぼけてたんだ」
「全くムカつく奴だ、俺はまだ寝るんだよ」
サタンはため息をつき、寝床を整え始める。
アスタロトは、少し離れた場所でそのやり取りを見守りながら微笑んだ。
「やれやれ、まったくいつもの調子ね」
「アザトースは?」
アメノは周囲を見渡しながら尋ねた。
「もう起きてるわ。今日、彼女が飯の当番だから」
アスタロトが答える。
アメノは軽くうなずき、薄暗い小屋の中で立ち上がり、足音を忍ばせてキッチンの方へ向かった。そこには、既に忙しく立ち回っているアザトースの姿があった。
「おはよう、アザトース」
アメノは軽く手を振りながら挨拶する。
「しね」
本来なら驚くことだろうけど、彼女にとってこれは平常運転だ。何も驚くことは無い。
アメノは眉をひそめながら、テーブルの上の食事に目をやった。
「あれ、なんか飯少なくないか?」
用意されているのは三つだけだ。この部屋八人だ、つまり五人分足りない計算になる。
「私とアメノとアスタロトの分よ」
アザトースは淡々と答える。それが当たり前と言わんばかりに。
「他の奴らのは?」
アメノは周囲を見渡しながら尋ねた。
「ねぇよ」
アザトースは冷たく言い放つ。実の所朝食を作っているのは大抵この三人なのだ、他の者達は朝食を作っても殆どの人が食べない。そもそも魔人族は食事が要らないことも関係しているが、個体によっては食事を必要とするのだ。
「なるほど、厳しい朝だな」
アメノは無機質に答える。同時に、どんどんと大きな音を立ててやってきたのは身長が2mを軽く超えるジンロウだった。扉を開いて違和感を感じたのか声を荒らげる。
「おい!俺の飯は!」
怒鳴り声を上げる。
「ないけど」
アザトースは顔を見ることもなく答えた。。
「あ?てめぇ、死にたくなければ今すぐ作れ」
ジンロウは怒りを露わにして迫る、その気迫を受けて大抵の人は縮こまるがアザトースはそんな事は無い。
「無理ね、あなたが当番の日、何もしてないじゃない。早く消えろ」
アザトースは一歩も引かずに言い放つ。
アザトースが言ってることは本当のことだ。俺やアスタロトはみんなの分のご飯を用意したりするが、他の人たちはご飯も掃除も当番係すらもしない。だからこそアザトースもしないのだ。
「お前、女のくせに生意気だな。殺してやろうか?」
ジンロウは凶悪な笑みを浮かべながら手を伸ばす。
「あなたが私を?笑わせないで。できるものならやってみなさい、ほら」
アザトースはまったく怯むことなく挑発的な態度を崩さない。
「やれやれ、朝から騒がしいなやめとけ、ジンロウ。アザトースは本気で怒らせると怖いぞ」
「チッ、覚えてろよ」
不満げに吐き捨てると、部屋の外に出て行った。
アスタロトがため息をつきながら微笑んだ。
「ほんとに、朝からみんなエネルギッシュね」
「本当に」
アメノはつぶやき、肩をすくめる。
こうして俺たち三人はテーブルに着き、食事をとることにした。アザトースが作った料理はシンプルだが美味しそうで、温かい香りが広がっていた。アスタロトは微笑みながら、自分の分を手に取り、一口食べる。
「うん、美味しいわ、アザトース。ありがとう」
アスタロトが感謝の言葉を口にする。
「どういたしまして」
アザトースは素っ気なく返事をする。
アメノも一口食べてみて、微かに微笑んだ。
「やっぱり、アザトースの料理はいいな。朝から活力が出る」
静かにご飯を取っていると扉が勢いよく開く。
「おい!俺の飯は!」
それはサタンだった。
「はぁ〜」
その光景にアザトースはため息をつくのだった・・・。
♢♢♢
下界では特にやることがなく、喧嘩をしたり、道端で寝っ転がったりと自由気ままに生きる者たちが多い。誰にも指図されることなく、彼らはのびのびと日々を過ごしている。
アメノたちもその一部であり、時には他の魔人や悪魔たちと小競り合いをしたり、気の向くままに行動している。この下界での生活は、高貴なる上界や中界とは対照的であり、自由な精神が育まれている。
「さて、今日も何をしようかな?」
アメノはブラブラと歩いている。その時声が耳に入る、それは聞き覚えある声だ。
「雑魚共が!ここは俺の縄張りだ!二度と来るんじゃねーぞ!」
それはボロボロになっているサタンの姿だった。下級魔界には謎に縄張りが存在していた。
ちなみにここはサタンの領土だ。
「よ、相変わらずお前の身体は忙しいな」
アメノが話しかけ、サタンは気付いたのかこちらをむいた。
「男の傷は、戦士の証だ。」
サタンは常に喧嘩している。アメノは彼の言葉を聞き、うなずいてから続ける。
「でも、たまには休んだ方がいいぞ。いつも戦いに身を投じていると、疲れが溜まるだけだからな」
サタンはうなずきながらも、譲らない表情を浮かべる。
「俺にはこれしかない。弱者には理解できんだろうが、俺にとっては生きる意味そのものだ。俺は魔神王になる男だ。この程度で負ける訳にはいかねぇんだよ」
サタンの言葉は強靭な意志と野心を感じさせる。
アメノは静かにサタンの言葉を受け止める。サタンの野望は誰よりも大きい。ソロモンを倒し、魔神王になるという夢を抱えているのだ。ソロモンを倒すなど、サタン以外に思う者はいるのだろうか。
答えは否だ。ソロモンを倒すことを考える者は、サタン以外にはいない。そのような野心を口に出すことは、他の場所では許されないかもしれないが、下界では自由に発言できる。
「頑張れよ」
アメノは軽く肩を叩く。表情には無関心が浮かんでいるが、その手には微かな励ましの意図が込められていた。
「お前相変わらず興味無さそうだな。趣味とかねーのか?」
サタンが問いかける。
「・・・ないな」
アメノは考え込んだ後、ぽつりと答える。その言葉には、自身の無趣味さに対する冷ややかな認識が含まれていた。
「色がない人生だなおい。んじゃよ、俺と殴り合うか?」
サタンは拳を固め、笑みを浮かべながら提案する。
アメノは一瞬、サタンの申し出を考えるが、すぐに首を横に振る。
「いや、やめとくよ。負けるし」
「ハッハッハ!だよな、お前弱いもんな!最弱の悪魔って言われてるしな!有名だぜ?」
「え、俺が?」
知らないアメノに対してサタンは驚いたように目を見開く。
「お前知らないのか?喧嘩を売ってもすぐ謝る腰抜けが居るって、誰かなと思ったらお前だったよ。んで付いた異名は“朽ちた悪魔“、プライドも名誉もないカス野郎って訳だ。」
「そりゃひでぇな」
「お前の事だよ、ったくほんとそういう所だよなお前。悪魔に必要な物なんも揃ってねーじゃねぇか。よく悪魔なんてなれたな」
サタンは吐き捨てるように言い、ぶっきらぼうに歩き去る。その時、突如として声が響き渡った。
「号令!号令!ソロモン様が復活なさったぞ!号令!号令!!」
その言葉は下界の隅々まで届き、瞬く間に噂が広まった。
サタンは表情を変える。
「アメノ!行きましょう」
後ろから声をかけたのはアスタロトだ。
「おう」
と応じたアメノは、仲間たちと共に動き始めた。
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