6:一ヶ月後に向けて

ユピテル様が「依頼していた件、交渉成功」と連絡をくれた翌日

私は早速行動に移すため、交渉相手とユピテル様には明日ラトリアさんの資料室に出向くように伝えていた

そして私は…


「離してくれ、ステラ。一体私が何をしたと言うんだ」

「すみません、ラトリアさん。今回は貴方が逃亡を図る可能性があると予めお伺いしていたものですから」

「とうぼう…?」


私に簀巻き状態にされ暴れ回るラトリアさんの縛るロープはちゃんと握り締めておく

これさえ握っておけば、握られることもロープをほどかれる心配もない


「よっす、ステラ…って、お前何してんの?」

「ラトリアさんの捕獲を」

「…相変わらずだね、ステラちゃん」

「ユピテルにアステル?」

「ええ。今回は私のサポートが困難になりますので、助っ人のアステル君をお呼びさせていただきました」

「き、君のサポートが困難ということは」

「貴方には一ヶ月後、夜会に参加していただきます」

「…終わった」


王家は一年を通し、大きく分けて三つの夜会を催す

一つ、新年を祝う夜会

二つ、創立記念の夜会

そして最後に、王族の生誕祝いを兼ねた夜会だ


「アルグステイン王国の貴族には、理由が存在しない限り夜会への参加義務があることはご存じですよね、ラトリアさん」

「…ああ」

「二ヶ月後、第一王女であるヘスティア・アルマハルチェ様の生誕祝い夜会が執り行われることは、勿論ですよね」

「…ああっ!」


ユピテル様から聞いたのだが、ラトリアさんはヘスティア様が凄く苦手らしい

夜会への参加もここ最近は調査や記憶がないことを理由にボイコットしていたらしい

恥を晒すよりは参加させない方がマシ

彼の家族もそう考えてサボりを容認していたようなのだが…今回は事情が異なる


ヘスティア様がラトリアさんに会いたがっているらしいのだ


王族からの「頼み」となると、ラトリアさんの家族も逆らうことはできず…

同時に「姉の命令」となると、ユピテル様でも逆らえない

今回の夜会はどうしても避けられない代物なのだ


「ちなみに、平民で夜会に立ち入れるのは王宮に身分が証明されている使用人の者だけ。私は残念ですが夜会についていけません」

「…君が付いてきてくれたら心強いのに」

「僕ではダメでしょうか、ラトリアさん」

「君が信頼できないとは言っていないだろう、アステル。心強くはあるよ。ただ、君もステラがいた方が何かと都合がいいのでは…?」

「うっ、それは確かにそうなのですが…思い出しただけでも胃がキリキリしますね。胃薬飲んできます」

「…お大事に」


胃薬片手に離れた場所でそれを服用するのはアステル・フローレルカ

ユピテル様が挙げた報告書を提出していない学者かつ彼が引き抜きたい存在の一人である植物学者だ

私とソフィア君が田舎にいた時代、彼とは身分差関係無しによく遊んで貰った「お兄さん」のような存在

同時に、ラトリアさんの件が落ち着いた後の仕事相手とも言えるかもしれない

かつてラトリアさんが教育係としてついていた彼はラトリアさんの信頼度も高く、それでいて貴族社会に属する彼は今回のサポートにうってつけ

それにラトリアさんが話してくれた事も気になった

彼には早めに会っておきたかったので、ユピテル様に交渉してもらい…この場に呼び出したというわけだ


「と、言うわけだ!今回は三人で頑張ろうな。ステラ、アステル!」

「お前は帰れ裏切者ユピテル…」

「帰れねぇよアホリア。今回の俺は重要な任務があるからな。ちゃんとサポートを行う所存だ」

「任務…?」

「それは初耳です。ユピテル様も何かあるのですか?」


任務という単語は初耳だ

彼も何か背負って


「ああ。姉上にラトリアを献上する仕事がな!できなかったら書庫の本を燃やすと脅されている!」

「「…身内に親友を捧げる仕事をしなければならない姉に逆らえない弟。難儀な立場だ」」

「おっ?そんなこと言っちゃう?不敬罪適応しちゃうぞ?」

「しかし、なぜヘスティア様はそこまでラトリアさんを?」

「…その質問は鈍感すぎるよ、ステラちゃん」

「?」


「姉上なぁ…ずっと前からリアに求婚していてなぁ」

「…ほうほう。詳しく」

「詳しく聞くな」

「ただ、リアは生まれが特殊でな。カルディシネマ様側も長男、次男を推したいから話は進んでいないが…そろそろ姉上も「行き遅れ」と言われるような年齢になってきた」


この国の成婚年齢は意外に早い

結婚自体は15歳からできるのだが、その直後に8割は結婚を果たすそうだ

残りの1割は18歳までの間に相手が見つかる

そして残りの1割は、未婚のまま20代を迎え…そのままらしい

この2割に属する人間はよく「行き遅れ」と言われ、周囲から結婚するよう圧をかけられたりするそうだ

私は一人でいいと思っているし、こんな私を好きになる変人なんていないと思っているので小言をのらりくらりと躱すが、ヘスティア様はそうもいかないだろう


「父上も早く相手を決めたいらしくてなぁ。それでいて、姉上がラトリアを候補から除外しないものだから…色々と大変でな」

「いっそのこと、ラトリアさんに特定の相手ができればいいのですが…」

「…」


表情の変化は若干分かるようになってきた

よっぽどの事がない限りラトリアさんは無表情のままなのだが、些細な感情は眉に出る

理由は分からないが、とてもしょんぼりしているらしい。眉が下がっている

むしろ特定の相手がいた方が、苦手な相手から追いかけられることもないというのに


「…なるほど。こちらがご執心か」

「どうしたの、アステル君」

「ううん。何でもないよ。今回のお仕事はラトリアさんに恥を欠かせないように夜会の作法を叩き込み」

「かつ、姉上の手にかからないように立ち回る。今リアに結婚されると俺の予定が狂う」

「でしょうね。と、いうわけでなんだよね。アステル君。準備期間は私と一緒にラトリアさんへ作法を叩き込んで、本番はラトリアさんに付いて様子を見てくれないかな」

「任せてよ、ステラちゃん。他でもない君の頼みだからね」

「ありがとう、アステル君」

「…二人は、仲がいいな」

「田舎にいた時代はよく遊んで貰っていたので。お兄ちゃんのような存在でしょうか」

「同世代の子がいなくて…僕自身寂しくて。ステラちゃんとソフィア君は弟妹のような存在なんですよ」

「へ、へえ…そうか。それなら、うん」


安堵したように胸をなで下ろし、ラトリアさんはほっと息を吐く


「…なんなんだ、あいつ」

「どうしたのでしょうか」

「…どうして気がつかないんだろう。あ〜…胃がキリってした。胃薬の効き目が最近弱いなぁ…」


アステル君を交え、一ヶ月後に向けた仕事が幕を開ける

まあ、これもすぐに覚えてくれるだろう。今までがそうだったのだから

この時はそう思っていた

そう…思っていたんだ

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