くねくねVSデスくねくね~熱中症ってゆっくり言ってみて~

久佐馬野景

くねくねVSデスくねくね

 ヤマトクネクネだね、と円了は言って、田園風景の中で踊る白いくねくねとしたものを指さした。

「見ると発狂するのではなかったのかい」

 八雲が不安げに訊ねると、円了は楽しげに笑う。

「僕たちがここにいる理由はなにかと言えば、くねくねを観察するためなのだ。たとえばあちらに見えるのはマクネクネだ。遠目では同じに見えるが、別の種類だということがわかっている」

「わかっている、というのは」

「無論僕たちの認識上で、だよ」

 円了と八雲が初夏の田園を訪れた理由というのは、先日放送されたテレビ番組にあった。いや、常に異界を彷徨うふたりが視聴できる放送などというものはたいていが狂ったものばかりであったが、円了はそのテレビを見てくねくねに興味を惹かれたようであった。

 以下はその放送のうち、八雲が内容を理解できた箇所である。



 田んぼの稲が青々と茂るころ、ふと目に入る白い人影のようなもの――

 そう、くねくねです。

 正体不明とされてきたくねくねですが、最新研究によって様々なくねくねの存在が判明してきました。

 たとえばこれ。よく見かける姿ですね。

 ヤマトクネクネです。

 夏の風物詩としてよく知られるくねくねですが、実はこのヤマトクネクネとこちらのマクネクネとは別種であることがわかっています。

 ちょーっと待ったー!

 あら、どうしましたくねじい?

 くねくねは見ると発狂するんだから、テレビで流しちゃ駄目でしょ。

 いえいえ。大丈夫ですよ。くねくねの姿を見て、「理解」することでヒトは発狂しますが、テレビ放送の映像程度ではそこまで至るヒトは限られます。

 あっ、そうなのね。

 ええ。ですから、これから番組でじっくりと「理解」して、皆さんもこちら側に来られるようになるといいですね。



 その後番組は急に料理番組へとセットが変わり、くねくねを調理する工程が事細かに描写された。くねくねってこんなにおいしいんですねへ、などとスタジオで感嘆の声を上げる眼球が回転し続けるアナウンサーを見ながら、円了は田んぼに行こうと言い出した。

 まさか触発されてくねくねを食べたいなどとは考えていないだろうが――八雲は不安を抱えたまま田んぼにやってくると、くねくねと踊る白い影を見るハメになっている。

「くねくねの初出は知っているかい」

「2ちゃんねるだろう」

「正確には2ちゃんねるオカルト板内のスレッド『洒落にならないくらい恐い話を集めてみない?Part31』に2003年三月二十九日、756番目の投稿者が756名義で759、761、762、763、764の五分割で投稿したものだね」

 くねくねの初出は明確だ。それこそ円了が諳んじられるくらいには。

 さらにはその元ネタとされるネット上の怪談投稿の存在も知られている。くねくねの作中で口にされる、『わカらナいホうガいイ……』という台詞自体が、「分からないほうがいい」と称される話から発想されたものであり、投稿者もくねくね本文を投稿する前の756番目の投稿で、この話と自分が子供の頃体験した話を重ね合わせたものだと語っている。

 つまりくねくねの話自体はまったくの創作であり、そんなものは存在しないのだと切って捨てることも簡単だ。

 一方でインターネット上ではくねくねは広く受け入れられ、いつしか伝承妖怪さながらに存在強度を上げている。くねくねに関する論文も書かれ、書籍にもくねくねは頻出するようになる。

 異界を彷徨うふたりの見たテレビに、くねくねに関する番組が映ったのも、くねくねが今や妖怪としての立場を確立しているという証明にほかならない。

「ところで君はデスくねくねを知っているかな」

「また新種かい」

「いや、デスくねくねというのは、八尺様を扱った成人向け漫画の制作過程の画像で、モザイクの代わりに描かれた謎の存在だ」

「何?」

「デスくねくねはその初出のわかりにくさ、そしてそのキャッチーさと理解の難しさゆえの愉快さから、瞬く間にインターネットミームとして広まっていった。それこそ、くねくねと対等に戦えるほどまでにね」

 一陣の風。

 それは一応はくねくねだとわかった。正体不明の白い踊る身体。問題はその胴体から放射状に腕だか胴体だかわからないものが伸び、くるくると回転しながら、その先端に包丁を握っていることだ。

 ――FATALITY...

 デスくねくねはそう声を上げながら、田園風景に生えているヤマトクネクネやマクネクネや刈り取っていく。

「つまり」

 円了はデスくねくねによる蹂躙の終わった田んぼに背を向け、ひとつ息を吐く。

「伝承はミームで殺すことができる。いや、ミームをミームで殺したのかな。いずれにせよ、デスくねくねって何? という質問に対して言えることはひとつだ」

「わからないほうがいい……」

 くねくねという伝承と化した妖怪を、新たに勃興したデスくねくねというミームで駆逐する。それは本質的には円了がこれまで異界で妖怪や怪異を相手取ってきた時に用いた手法と同じものだ。加えて今回は若干の意趣返しのようなものが含まれている。

 くねくねもデスくねくねも、どちらも等しくネット上の電承に過ぎないのだ――と。ひょっとしたら円了は、くねくねが現代怪異のようなツラをして大手を振って歩いていることに思うところがあったのかもしれない。

「ちゃんとわかっているじゃないか。さて、ではくねくねを捌いて蒲焼きにでもしてみるとしようか」

 円了はデスくねくねに殺されたくねくねを拾って、まな板の上に乗せる。頭部を千枚通しで目打ちし、胴に包丁を入れて開く。串を打って炭火の上に乗せ、蒲焼きのタレに漬けながら焼いていく。

 いよいよ焼き上がろうかという時、円了はふらりとよろめく。

「おっと。炭火の近くにつきっきりでは、当然か。くねくねと対峙する時には、熱中症に注意しなければな」

 蒲焼きはうまかった。英気を養ったふたりは、また別の異界へと旅立つのだった。

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