第二話

「痛っ」


 背中に固い何かが当たった感覚で目が覚めた。


「あれ、私はあの後……」


 周囲を見渡すと、あの後から場所が変わっていない。ただ、さっきまでパジャマを着ていたはずの私は、制服を着ている。何が何だか分からない。まずは大樹の空洞から外に出て、周囲を確認する。周囲に変化があるか確認したが、基本ほとんど同じままだった。私自身のことを確認すると、パジャマから制服に戻っていることと、下着もさっきと違うことに気が付いた。


「これ、大樹に初めて入ったときのままだ……」


 私の髪をさらう夜風は心地よく、今までに起こったことを静かに振り返る時間をくれる。アルバイトのあと、ここに寄って、大樹の空洞に入った。そして、学校に気が付いたら居て、先生が変わっていたり、コンビニが忙しかったり、少し今までの毎日とは違う一日を過ごした。




 ――そのあともう一度、大樹で……


 


「っ……」


 あの光景を思い出すと、頭が痛くなる。いくつかの違和感は、違和感で済ませることが出来る。先生の交代だって、コンビニが繁盛してることだって、店長がきれいになってたって、少しくらい目を瞑れば自分を誤魔化すことが出来る。


 


 だけど、あの世界が回るような、自分が高速回転するような、世界がまばゆく光るような、自分が消滅するかのような感覚だけは、現実のものとは思えなかった。


 


 夜風にあたると、気持ちが落ち着く。しかし、あの感覚への恐怖心と少し好奇心を落ち着かせることが出来なかった。周囲を再び見渡すと、夜の神社の古びた広場にポツンと一人。改めて確認したとき、家族の顔がふと浮かび、家族の就寝後に一人家を出たことにバレていたらどうしようという別の焦燥感が生まれた。その焦燥感は、私の帰る足をどんどん前に進ませ、たぶんいつもより早く歩いていたと思う。しかしその速足を遅めたのは、家に着く少し前だった。リビングに電気がついている。


「終わった……だれか起きてる……」


 どのように言い訳をしようと考えながら、私がゆっくり玄関を開けると、


「おかえり、少し今日は遅かったわね」


 と軽快に言い放つ母が、夕飯の準備をしていた。


「今日のアルバイトはいつもより1時間半くらい残業?珍しいわね。あのコンビニで」


「1時間……?」


 


 ――1時間って何のことだ。家をこっそり出たのは夕飯後、就寝前だ。


 


 私の顔を見て、不思議そうな顔を浮かべた母は、


「疲れてるでしょ、たまたまだけど、今日はスタミナ丼でガッツリ系よ、食べて寝てまた明日元気になりなさい」


 と言い、ご飯をよそぎ始める。スマホを見ると、6月16日。最初に大樹の空洞に入ったあの日から日付が変わっていなかった。母の話を聞くなら、いつものアルバイトより一時間半遅く帰ったらしい。アルバイトから、神社、神社から家の移動時間を含めると、だいたい30分ほどだろう。つまり、”あの日”の事。つまり田中先生が担任になり、コンビニが大盛況だったあの日が、一時間に収縮されていることになっている。茶色く味付けされた豚肉が乗ったどんぶりが前に出され、ゆっくり口に運びながら何があったのか考察する。


 ご飯を食べ終え、歯磨きを終えてからお風呂に入るのが私の自分ルールになっている。体にしみこむようなお風呂は、決して温泉のようなものではないのだけど、しっかり落ち着いてお風呂に入れる家のお風呂は世界で一番、いい湯なのではないかと思う。


 そして、そのナイトルーティン中、現実的な仮説を踏み倒しながら、1つ、空想的ながらもこれではないかと納得できるものにたどり着いた。


 パラレルワールド説だ。我ながらそんなものないと思っていたが、さまざまな違和感と、あの眩しい感覚の前後でパジャマと制服、それと下着が明確に違うことが、なんとなくの根拠となった。私自身SF映画などはあまり見ないので、正直「パラレルワールド」を単語くらいしか知らないし、”あの日”の事が一時間に収縮されているならば、時間感覚が異なっている。パラレルワールドっていえば朝ごはんをパンかおにぎりか、で、パンを選んだ場合のおにぎりの世界線、つまりそんなに時間がずれることはないと思う。


 


 なにせ、分からないことが多すぎる。しかし、最初の方に感じていた恐怖心は一切消えてしまった。


 


 ――あの大樹には何かがある。あの神社には何かがある。


 


 そう感じざるを得ないのだ。そしてその好奇心は、今までで一番私の気分を高めた。この島では、毎日毎日同じ日々を過ごしていて、これからもずっと続くと思っていた。しかし、「パラレルワールドがあるかもしれない」と考え着いた瞬間、すべての不安が吹き飛んで、私が体験したパラレルワールドを解明したいという気持ちが私を支配した。だから、別のすごい科学者がこの事象を科学的に完全に証明するまで、私はこの不思議をパラレルワールドで起きたことと定義づけることにした。


 私は私の部屋に入り、机の引き出しにしまい込んでいたメモ帳を取り出し、今日起こったことをメモに書き込んだ。我ながらバカバカしいと思ってしまう「パラレルワールド説」を文字にするのは少し恥ずかしかったけれど、何があったかを考察して、忘れないようにするにはメモが一番だと思ったので、我慢した。そしてメモを終えた後、あの高速回転と眩く発光するあの瞬間は、パラレルワールドへの移動ではないかと、誰かがささやいたかのように浮かび、矛盾はないとして、メモに書きこんだ。


 


 将来、これが何であったのか私が解明したとして、私は自分が命名したこの単語を決して口に出すことはないと思う。だけど、メモに「パラレルジャンプ」と隣に書き込んで、私だけの秘密としてメモを再び引き出しへ入れた。




 正直、私はネーミングセンスあるな。と思ったけど、同時にありふれてる命名でもあるなと、少しおかしくなってにやけながら、布団に入ると、疲れていたのか、その日は気絶するかのように寝た。


 

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パラレルジャンプ、うたかたの夏 碓氷 蓮華 @louts

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