秘め事は休日の戯れに 9/9

 なんて不器用な二人なのだと想う。

 同時に『こんな時に気の利いた台詞を吐けるほど野暮じゃないから……』とも。

 この沈黙さえも二人の絆に為り得るのだと知っている。

 だってずっと息遣いや些細な足音の乱れでお話ししてるのだもの。

 璃央の心の内は手に取るように伝わって来てしまい、それはあたしも同様に……


「今夜は帰らない。朝まで一緒に居て」


 あたしは口から心臓が飛び出すかと思うほどドキドキしながら、勇気を振り絞ってやっと紡いだ想いの欠片。


「帰りたいって云っても帰さないさ」


「ふふふ。再起動出来たみたいね」


 このお返事で平静さは装えてたかしら?

 璃央は特別な抑揚も無く聴きたい言葉をくれるのだもの。

 あたしだってちょっとくらい格好つけてみないと悔しいじゃない。


「好きに取って良いよ」


「少し待って貰って良い? 彩華さんにお家に帰らないってメッセする」


「そうだな。心配させると迎えに来るかも知れない」


「ちょっと面白そうだけど、今夜だけは遠慮したいわね」


「そんなの面白がるなよ」


「その背徳感って一度味わってみたくないかしら?」


「俺は遠慮する」


「意気地なし。ふふ」


 どお? 意地悪な事を云ったけど、あたしの余裕を感じ取ってくれたかしら?

 それとも――

 あれからずっと頭を過ぎる想いにあたしのお腹の辺りに残る余韻は疼いたまま――

 焦れる情熱に急かされてキーパッドを叩く指は、何度も宙を彷徨って思考が停まりそうになってしまう……

 苦心の末、なんとか当たり障りのない文面を端的に纏めると念の為に読み返す。

 何度か打っては消すって繰り返したから、思い掛けず手間取ってしまったわ。


『今夜は璃央とお酒を飲んでて、もうちょっと一緒に居たいからこっちにお泊まりします』


 そしてそっと送信ボタンをタップして祈るように瞼を閉じたの。

 あたしが苦戦してる中、我関せずとばかりに薄っすらと浮かぶ遠くの景色に視線を向けてる璃央の気配だけを感じていた。

 顔を上げ璃央に視線を戻したその瞬間とき


『そう。やっと時間ときが動き出したのね。おめでとう』



「――あっ」


「どうした?」


 真っ直ぐな彩華さんらしい返信に言葉を失ってしまうあたし。

 この状況を正確に把握してる――

 とても数秒で返信して来た文面とは思えない……

 


「全部バレてるわ」


「バレてるって? 何か変な嘘でも理由にしたのか?」


「ううん。違うの。ちょっと誇張しただけ――視せてあげる」


 眼に焼き付いた文面があたしに璃央の眼を視れなくさせる。

 仕方ないから俯きながらメッセを開いたままのスマホを璃央に渡したの。



【今夜は璃央とお酒を飲んでて、もうちょっと一緒に居たいからこっちにお泊まりします】


【そう。やっと時間ときが動き出したのね。おめでとう】



「嘘は云って無いな……酒も呑んでたし、一緒に居たいってって云うのも」


「でしょ? 誇張したのはお酒の事を進行形にしただけよ」


「これなら揶揄われても接続詞なんかを打ち間違えた事にすれば正当性は在るけど……凄いのは彩華さんって事だな」


「迷ったのよ――『一緒に居たい』にするか『飲みたい』にするか……」


「どっち似た様なもんだと思うぞ。飲みたいって強調する方が不自然に視える」


「女の勘って凄いのね……あたしも見倣わないとだわ」


「透真が掌で転がされる訳だよ……」


「あんまりな云い方で可哀想になるけどその通りね」



 このメッセの遣り取りで一気にあたしのたがは外れて、衝動に任せ璃央に抱き着いてしまったわ。

 そんな事は折り込み済みだったみたいに、躊躇なく直ぐに力強く抱き締めてくれる璃央に安らぎと心地好さをを覚えるあたし。

 この後どうやって戻ったか記憶になく憶えている事と云えば――

 璃央のベッドで何度も身体を重ね、愉悦に塗れ爛れた時間を過ごし女と男をお互いに謳歌していた事だけ。


 そして朝を迎える事になる。

 疲れ果ていつの間にか寝てしまった浅い眠りの中、微かに意識を覚醒させ瞼に差し込む陽射しを感じながら朧げな記憶の糸を手繰り始める。

 璃央はあたしの内に居るあの子とお話しするように陶酔に浸りながらあたしを求めた甘美な永い夜――

 あたしは璃央に消えない疵を刻み込んでは癒しを与え、二人からあの子を加えた三人の絆へ築き直す誓いの楔を更に深くと貪欲に求め続けた空白の一夜を想う。

 心地好い疲れにいざなわれるあたしは再び晄に包まれ意識を手放すと、穏かでフラットなまま沈むように深淵へと堕ちて征く――




 小鳥の囀りにゆっくりと意識はあたしの内に戻って来る。

 静かに瞼を開け飛び込む晄の真っ白な視界に驚きながら、曖昧で夢か記憶か判断出来ないままに想いを廻らせる。

 夢現な思考に水着姿の紫音と綾音の顔が笑って重なり、水を被せられ肌の透ける白いTシャツ――

 日灼けした褐色の腕の雫は陽射しをプリズムのように偏光して、あたしを瞳に狙いを澄まし刺す様に飛び込んで来た。


 そして――『あぁ。愉しかったわね……』と微笑むとゆっくりお布団を後にする。 

 いつもの様に洗顔の為に襖を静かに引きお部屋から出ると廊下を歩き、途中でお庭に面したまだ柔らかい陽射しの差す縁側に立ち止まり蒼穹の空を見上げたの。


『今日も暑い一日になりそうよ』って――


 慣れた手付きで腹の辺りを撫でながら呟き、あたしの日常は今日もまた始まるわ。 





「真夏のアフロディーテ~秘め事は休日の戯れに~」 完


――――――――――――――――――――――――――――――

 最後までご覧戴きましてありがとう御座いました。


 本作は文字数やスピンオフ作品と云う位置付け上、本編の様な詳細な個々のキャラクター描写は行って居りませんので、ご興味をお持ち戴けましたなら「十彩の音を聴いて」本編も是非ご愛読下さい。

 出来るだけ沢山の読者様のお眼に触れて貰えます様、作品フォローや評価を戴けると望外の慶びですので宜しくお願い致します。

 コメントやご感想等をお気軽にお寄せ下さいますと嬉しいです!

 今後とも「十彩の音を聴いて」シリーズをご愛読、応援賜ります様お願い申し上げます。

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真夏のアフロディーテ~秘め事は休日の戯れに~ 七兎参ゆき @7to3yuki

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