秘め事は休日の戯れに 8/9
「いらっしゃい。待たせてしまったわね」
「待ってるぞ。宜しくな」
「えっ? もしかして璃央も?」
「あぁ。俺にはまたすぐ逢えるけど宜しくって云ってたよ」
「そうね。璃央はまだ暫く逢えないわ。あたしはずっと一緒に居られるけど。羨ましい?」
「羨ましくないとは云えないな。でもこれだけはどうしようもない。俺に出産は出来ないからな」
「代わってあげても良いのよ? ふふ」
「それが出来たら種族まで変わってしまうぞ」
「どういう事なの?」
「雌雄同体って事。
「ねぇ。璃央。こんな時にどうかと思うけど云っても良いかな?」
「構わないよ。なに?」
「暫くこの子に逢わせなくても良いかしら? 教育上の問題で悪影響になりそうなのだもの」
「それは酷いだろぉ」
「冗談よ。この子も早く逢いたいって云ってるもの」
「心臓に悪い事を云うなよなぁ」
「それともう一つ云わないといけない事が在るわ」
「覚悟して聴くよ」
「そんな覚悟なんて要らないわ。――待って。ある意味では覚悟が必要なのかも知れないわね。でも覚悟とは違う気がするけど……そうだっ。これは自覚ね」
「覚悟も自覚もセットみたいなもんだから云ってくれ」
「あのね。この子の名前が決まったの。あたしが授かった
「ほう。面白いな。それで何て云うんだ?」
「名前は○○。もう一つ驚く事に誕生日は端午の節句よ。びっくりでしょ?」
「それってもしかして……弥生と俺の中間って事か?」
「正解。だから宿る日も決めてたのだって。なかなかユーモアのセンスも在って賢い子だと想うわよ」
「不思議な事が多いから誰にも云うなよ。俺以外だと心配されてしまうから」
「そうね。近い内に病院に行ってから皆に報告する」
「妥当な落し処だ」
「あれっ? 少し時間が経たないと解らないのだったかしら? 念の為にひと月くらい先にした方が良いかも」
「それじゃぁ、向うに行く支度とかしておくよ」
「お仕事で行くの? 何か在ったかしら?」
「違う。忘れてるだろ。俺が弥生の両親に挨拶へ行くんだ」
「それも在ったわねぇ」
「軽いなぁ……あのな。俺はあいつに誰からも祝福されて生まれて来て欲しい。俺とは違ってな」
「ごめん。そうよね。この子はそうで在って貰いたいわね」
「良いさ。今夜は色々在ったから仕方ない」
「ちょっとだけ、お散歩に付き合ってくれない?」
「いきなりだけどオーケーだよ」
「この子にここを視せてあげたいの」
二人並んで月夜の畦道を歩く。
あたし達を祝福してくれる様に、折しも満月の明るい空を見上げながら。
ゆっくり一歩一歩確かめるみたいに踏み締める足取りの歩幅は小さく。
穏かな風に少しだけ靡くあたしの髪が幻想的に璃央の瞳に映る。
「
「必死なんだよ」
「必死ってねぇ。ちょっと生々しいわよ?」
胸の奥からゆっくりと、そしてはっきり込み上げる息吹を感じ取れるのってそう云うことよね?
どこまであたしを連れてくの? ねぇ、璃央――
「そうだな。何気なく云ったけど生々しかったよ」
「ねぇ。あたし達からもエールじゃないけど、祝福してあげない?」
「う-ん……イメージが難しく無いか? この鳴き声って数百単位だぞ?」
「良いじゃない。この夥しい中からパートナーと巡り逢うのだもの」
「そうとも云うな。それでどうすれば良いんだ?」
「先ずは両手を横に広げてみて」
「こうか?」
えっ? 璃央が両手を広げるとこんなに大きいかったの?
近過ぎて視えなくなるものって本当に在るんだわ。
ううん。違うわね。わざと視ないようにしてたんだって。
さっきまでこの腕の中でお互いを確かめ合って居たのよね――
この逞しい胸板に寄り添って。
いま気付いたの。ずっと焦がれてたんだって。
気付いてしまったら――
きっと抑えが効かなくなってしまうから……
「そう。そして――こう指を絡ませてぇ……『おめでとうぉぉぉおお』って。ほらっ璃央もよ」
「良かったなぁぁあ」
「何が良いのか知らないけどっ。ふふ」
「それが良いんだよ。何でも白黒はっきりさせるのが良いとは限らない」
「それじゃぁ――良かっ……た? あたし」
「あぁ。最高だ」
「――うん……ちょっとだけ恥ずかしくなったわ……」
「なら聞くなよっ。俺だって驚いて鼓動が速くなってるんだから」
「もっと恥ずかしくなる事を云わないで――」
二人の身体に残る余韻は仄かに熱を帯びて言葉は無粋と沈黙を誘う。
いまは顔を視られたくないあたしは居た堪れなくて不意に歩き出したの。
追い駆けるように璃央があたしの少し後ろをついて歩く足音が聴こえるわ。
ゆっくりした歩みにあと二歩だけ追いついて並ぶなんて何でも無いのに――
きっと璃央も顔を視られたく無いのよね……
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