唐揚げ定食ひとつね!
こおの
お近付きになりたい
スランプって何、と目の前にいる彼女が呟く。メロンソーダを飲みながら。もっと言うと、メロンソーダをストローで吸い上げることに夢中で、俺のことなんて大して興味ももっていないかのようにだ
「俺にもわからん」
「わかんないものをアタシに聞くんじゃないわよ。もっと余計にわからなくさせたいワケ?」
「これ以上は悪くならんだろ。俺はもう、どん底にいるんだからな!」
「いや威張んないでよ、意味わかんないって」
彼女に対抗するように、俺はレモンスカッシュを飲む。ストロー? そんなもん使ってねぇよ。男は黙って直飲みだろ。……なんていうのは今思いついただけで、単純にストローは差すのを忘れていて、開封すらせずテーブルの端っこに転がってるだけだが。ストローが無いんだがってファミレスの店員にクレームなんてつけなくてよかった。ホント。
メロンソーダを啜ることに飽きた彼女の元に、からあげ定食が運ばれてきた。彼女の握り拳と同じくらいデカいもも肉の唐揚げが、大皿に4個積み上げられている。いやいや、完全に食う気満々かよ。
「俺は悩みを聞いてくれって連れてきたはずなんだが?」
「え、そうだっけ?」
「おい」
「そもそも悩みって何よ」
「はぁ?」
「だから、悩み! 聞くってば。ほら、早く」
なんてヤツだ。握り拳くらいの唐揚げを二本の箸で挟みながら、ほら早く、と面倒くさそうに言いやがる。彼女の目には、俺の深刻そうな顔色など1ミリも映っていないのだろう。いかにして唐揚げに食らいつくか、それのことで頭がいっぱい、という顔だ。
「……俺の話、聞いてたか?」
「聞いてなーーい」
「……いや今は聞いてるのかよ!!」
「だから聞いてないし別に聞く気もないっていうかぁ」
あむあむ。と擬音が似合いそうな顔で、唐揚げに食らいついた。肉汁がじわりと垂れる。そして口端をべとりと濡らした。
「んまーーーーーい!!」
「聞けよ」
「えーー! これめっちゃ美味しいんだけど!?」
「おい」
「ねぇねぇアンタも食べるぅ?? ほら? 一口くらいさ」
「あのな、俺はお前に━━━━」
俺の口は塞がれた。熱いそれに。それ、つまり拳みたいな唐揚げのことだ。その拳は俺の口にぐっと突っ込まれた。もがもがと俺は喋れなくなる。というか突然のことに息もできない。本当の拳ならもっと痛かっただろう。だから俺はこれが肉汁いっぱいの唐揚げであることに感謝している。
「スランプのことなんて唐揚げ食べて忘れちゃえ!」
おい、とか。このやろ、とか。なんか言いたいことはあった。俺はスランプに悩む新規新鋭の小説家なんだぞ。ノリにのった人気の学生作家サマなんだぞ! それを唐揚げ1つでどうにかできるワケないだろ。慰めろよ、ちゃんと。『どしたの、話聞くよ?』って誘ってきたのはお前のクセに。どういうことだよ、人の金でファミレスで豪遊って。
「…………ってか話、聞いてんじゃねーか」
彼女はニッと笑った。
(…まぁ俺もそういうところが好きなんだけど)
俺の気持ちも知らずに、彼女は2個目の唐揚げを頬張った━━。
唐揚げ定食ひとつね! こおの @karou_nokoko
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