帰化植物としてのリーバイス

hwnt (挽割納豆)

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 奥まった突き当りからは一列ばかり手前にある折りたたみ机の、通路側ではない方の席に案内されたとき、午下なのに薄暗い店内で居合せた客四名と、「KIRIN」の黄色いプラスチックコンテナにどっかり腰掛けた女将と、雑務を一手にきりもりする看板娘とが、皆一様に色落ちしたジーンズを穿いていた事実に、わたしはいつともなく気付いたので、どうしても可笑しくなってきてしまった。剥がれかかったクロス貼りの壁を背に毅然とラーメンを啜っているガテン風のお兄さん(目算三十歳くらい)、赤枠に白抜きの袋文字および躍動する野球選手が紙面いっぱい印刷された朝刊の見開きに隠れながら時折左右にレンゲを動かすお父さん(目算七十歳くらい)、差向いで坐って(どうやら目が合ったことはないのだが)床屋政談に管を巻くお姉さんがた二人組(目算五十代半ばくらい)、ついでにやや襟の広いTシャツ、濃くも薄くもないジーンズ、白のコンバースという、いったい何処に出かけていく算段だか、我ながら皆目検討のつかない、昼行灯リパブリックの特命大使みたいな格好をしたわたし。

 当座の時間を(おそらくは不本意ながら)共有するわたしたちに小小強引な引力を信じるとしたら、それは明らかに、各人の生活すらも大股に跨いだ、恐ろしく専制的なこのごわごわしたインディゴ染めの下半分を言うのだと思われる。意識すれば意識するほど、底無しの異様さがひきたってくるようだった。わたしたちは、というより古今に偏在する無量の同胞は、揃いに揃って、名も知れぬ鉱山労働者の眷属なのだ。麻布の野良着ならこうはならなかったろう。摩耗やリベット補強の許を遠ざかっていく道程は、文化から文化へ手当たり次第に繁殖を始める無粋な遺伝子の旅であった。「後悔していることはありますか?—デニムを発明しなかったことです。」と宣った故イヴサンローランをしてむべなるかな、あいにく彼が生を受けた頃には、既にひとの手を離れていた。文明が地上から拭われたのちも、きっとジーンズは綿花の予定されたフォルムとして、種を繋いでいくのかもしれない。

 座右に直立不動の体で 「ご注文なんになさいますか」と尋ねられた。俄仕立てにシーリングされただけのメニュー表を指さすと、娘は少しく中腰の姿勢を取った。藍色の窓から白い暖簾を潜って、乾燥した赤い膝がこんにちは。と覗いた。いやしくも職場だから、ひょっとしてお早うございます以外の語彙をもっていなかったかもしれないが、いずれにせよ挨拶には相違なかった。わたしは膝と娘のいずれにコンタクトすべきか迷った。「五目あんかけそばお願いします」とわたしは言った。

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帰化植物としてのリーバイス hwnt (挽割納豆) @hwnt

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