第19話 愚策だらけのリリア

 翌日の朝食の席で、私はある決意を口にした。


「一度、離宮に戻ろうかと思うの」


 案の定、目の前でフォークとお皿がぶつかる音がした。


「だ、ダメです! もしかしたら、王城から出られなくなってしまう可能性もあるんですよ!」

「それはあり得ないわ。ラーキンズ公爵が関わっているのなら、王城の中だけに留まり続けるのは不可能だもの」

「確かにラーキンズ公爵の目的は、リリア王女様を手元に置きたいわけですから。それは一理あります」

「父上!」


 ノエの非難する声とは裏腹に、私は内心、驚いた。まさかパルディア公爵が、肯定してくれるとは思わなかったからだ。だからといって私の味方をしてくれるほど、優しい人間でもない。

 その証拠に鋭い視線を向けられた。


「けれど策もなく行かれるのであれば、ノエ同様、全力でお止めしますが」

「……策ならあります」

「お聞きしてもよろしいですか?」


 明らかに信じていない声音だった。

 ずっと離宮に隔離され、家族とも疎遠な私が、お母様とラーキンズ公爵の策を覆せるわけがない。そう、パルディア公爵は言っているのだ。


「私の出生の秘密を公にし、王室から離脱するよう、お父様に働きかけるわ。すでに知っているお父様なら、迷わずにそうしてくれると思うから」

「しかしノエはどうするのですか?」

「え?」

「もしや王室を離脱したからといって、貴族になれると思っていらっしゃるのですか?」


 ち、違うの?


「爵位がなければ貴族にはなれません。それを与えられるのは国王陛下のみ。リリア王女様は残念ながら、それを持っていない。厳しい言い方をしますが、愛し子の立場も功績もすべて、ルートリ様がいてこそ成り立つもの。王女という立場がなくなれば平民になるしかないのです」

「……平民と貴族は結婚できないから。例外はあるけれど」

「我が家は公爵家ですから。元王女様でも無理でしょう」


 つまり、王室を離脱することは、ノエを見捨てることだと言いたいのね。


「しかし我がパルディア公爵家にはリリア王女様が必要ですから、その策は却下させていただきます」

「だけど離脱すれば、ラーキンズ公爵の妨害も、お母様の企てもすべてなくなるわ」

「本気で仰っているのですか?」

「うっ」


 グサッと刺さるパルディア公爵の言葉に、思わず胸を押さえた。自分が世間知らずだと知っているから、余計に痛かった。


「リリアっ!」


 すると向かい側に座っていたノエがやって来て、私の手を握る。


 本当に心配性なんだから。


「ご覧の通り、ノエはリリア王女様以外の女性を娶る気はありませんし、リリア王女様もまた、他の男性には嫁げない身の上になったのではありませんか?」

「こ、公爵っ!?」


 昨日の情事を指摘されて、今度は私が声を張り上げた。


 どうして、それを!


「お忘れですか? 我がパルディア公爵家は諜報活動でサビルース王国を支えているのです。我が邸宅内のことも把握できなくては、話になりません」

「父上。さすがに僕でも、それは屁理屈だって分かりますよ? 大方、ウェルディアが嬉々として父上に伝えたのではないですか?」

「仕方があるまい。ウェルディアもノエのことが心配なのだ。リリア王女様が絡んでいれば尚更な」

「……何故、私が?」


 なんとか羞恥心を脱することはできたが、ダメージまでは回復しなかった。それでも私は、言葉を絞り出すように尋ねた。


「リリア王女様の出生に、夢見の精霊ルートリ様の力が働いているためでしょう。ルートリ様は勿論のこと、他の精霊もリリア王女様を我が子のように考えておられるのです。この度のノエの謀も、それがあって実現したことですから」

「普段、相容れない属性の精霊が手を組んだのは、それが理由だというの?」

「はい。ですからここは、私たちにお任せくださいませんか? ウェルディアも協力したいと言っていますし、ルートリ様も……心配しているそうです」


 心配……ルートリは常に気にかけてくれた。それは私への愛情だと思っていた。見返りを求めない無償の愛情。


 お父様とお母様からもらえなくても平気だったのは、ルートリがいたからだ。でもこの状況を引き起こした原因が彼だと知って……未だにどう向き合っていいのか分からない。

 だからこれを罪滅ぼしだと。これで許してほしい、と思われるのは……ちょっと。


 それが顔に出ていたのだろう。ノエに顔を覗き込まれて、体を後ろに引いた。


「大丈夫です。リリアとルートリ様は繋がっていますから、心の整理がつかない内は姿を現さない、と言質を取りましたから」

「言質って……相手は精霊よ」

「精霊だからこそ、約束は守ってくれます。それに嘘は言わないのですから、そこは人間より信用できると思いませんか?」

「……そうね。ちゃんと確認したのに言うことを聞いてくれなかった者もいるから」

「誰がですか?」


 あら、本当に分からないの? キスだけって言ったのに。体中にその跡を残されて、私がどれだけ恥ずかしかったか。


 けれどパルディア公爵がいるこの場では言えないため、私はそっとドレスの襟に触れた。さらに目を逸らし、恥ずかしそうにして見せると、ようやく私の意図に気づいたらしい。顔を赤らめ、今度はノエが体を後ろに引いた。


「あ、アレに関しては無理です!」

「……そんな全力で言わなくても」

「無理なものは無理だからです!」


 どうしたらいいものかと悩んでいると、パルディア公爵が助け舟を出してくれた。


「リリア王女様。愚息のことは、後でたっぷりと叱っておきますので、ご安心ください」

「お、お手柔らかにね」

「いいえ。ここはしっかり言っておかないと困るのはリリア王女様ですよ。正式に婚約が結ばれ、結婚したら私は義父になるのです。遠慮なさらず、頼ってください。遠からず、私たちは家族になるのですから」


 義父。お父様の代わりではなく、新しいお義父様。そう思っただけで心がムズムズした。

 家族という言葉もまた、私が欲しくて堪らなかったものである。


「だからこそ、先ほどの提案を、愚息の詫び状だと思ってお受け取りください」

「その……規模が違うと思うのだけど……」


 ここで再び駄々をこねるのは得策ではない気がした。


「それしかないのなら、お願いするわ」


 笑顔で答えると、パルディア公爵の肩越しに、複雑な表情をしたノエが見えた。

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