第20話 パルディア公爵家の秘密の部屋

「ここは……」


 パルディア公爵の提案を受けてから一週間後。とある不思議な部屋に案内された。

 この邸宅に滞在し始めてから、毎日のように色々な場所、部屋に案内されたが、ここには初めて入る。


 邸宅を全て把握できるほどの月日を過ごしていたのだから、それは仕方がないこと。

 ずっと過ごしていた離宮でさえ、私は全容を把握していないのだ。侍女たちの領域は当然のこと、それ以外の場所だって容易に立ち入ることはできなかった。


「リリア?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまって」

「……薄暗い部屋ですが、ここは精霊界と繋がっているので……リリアと二人っきりでもさすがに変なことはしませんから、安心してください」

「へ?」

「もしかして、違いました?」


 ノエは口元に手を置き、やっぱりリリアの思考を読むのは至難の業か、とブツブツ言うような声が聞こえた。が、それどころではない。もっと気になる言葉を耳にしたからだ。


「今、精霊界って言ったわよね。ここはパルディア公爵邸の一室なのに、どういうことなの?」

「あぁ、それはですね。えーと、ウェルディアの趣味です」

「……趣味。ウェルディア様は噂好きと言っていたから、それと関係があるの?」

「さすがリリアですね。こんな言い方をしても真剣に答えてくれるとは……」

「……ダメだった?」

「いいえ。そこがリリアの良いところなので、どんどん言ってください」


 何かしら。あまり褒められている気がしないわ。

 けれど今は、この部屋が何なのか、聞き出さないと。


「それなら、ここに私を連れて来た理由は何?」

「一部始終を見てもらいたいからと、あとは我が家の特色といいますか、このようなことを主にやっている家門だということを知ってもらいたくてお連れしました」

「……ありがとう」


 ノエの言っている一部始終というのが、どういうものなのかは分からなかったが、それよりもパルディア公爵家にいることを認めてくれたようで嬉しかった。


「これから公爵夫人になられるんですから、当然のことですよ。こちらの……通称、覗き部屋を見られてから、我が家にはいたくないと思われる方が辛いので」

「そんなことは……って、覗き部屋!?」

「はい。ウェルディアが人間界を覗き見る場所を我が家が提供しているんです。精霊界で頻繁にやっていると、お小言をもらうようで。だから僕たちの使用を条件に設置した、というわけです」

「……ウェルディア様の力を借りているとはいえ、パルディア公爵家が我が国の情報を網羅している理由が分かったような気がするわ」


 風の微精霊だけでは、人間の知りたい情報をうまく拾えるかは分からない。伝えられた情報以外にも、自分自身で見た方が得られるものもあるからだ。


 だからパルディア公爵家は、あえてこの覗き部屋をウェルディアのために作ったのね。使用することで、その分を補いたかったから。


「あっ、だから事前にラーキンズ公爵の動きが掴めたのね」

「はい。元々リリアにちょっかいをかけているのが気に食わなかったので、失脚のネタを探っていたら妻などと……許せなかったんです」

「私は逆に、ラーキンズ公爵の本性を知れて良かったわ。あと離宮から出られたことも。こうして安心して過ごせるようになったんだもの」


 もう侍女たちの陰口に怯えることも、行動の一つ一つに気を遣うこともない。清潔な部屋で綺麗な調度品に囲まれる生活。私には縁のないものだと思っていただけに、どれだけ嬉しかったことか。


「でしたら、さらに安心してもらうためにも、こちらをご覧になってください」


 ノエはそう言うと、私の腰を掴んで奥へと誘導する。暗いけれど、精霊界と繋がっている、と思うだけで自然と怖く感じなかった。

 むしろ、覗き部屋という単語に、不謹慎にもワクワクしてしまっていた。


 一体、何を見せてくれるのだろうか、と。



 ***



 そこは、まるで上映会のような場所だった。実際、劇場を見に行ったことはないけれど、本の挿絵で見たことがある。

 それから、劇場でのマナーを学んだ時に、教えてもらったのだ。恐らくその先生は、私が王城から出ることはない、と思っていたからか自慢するように言っていたから、よく覚えている。


 煌びやかな舞台で、役者が決められた配役を演じて、ロマンスや喜劇、サスペンス、悲劇を観客に見せて楽しませるところだという。

 王族は最前列で見ることはできないから、オペラグラスで見るのが主らしい。けれど間近で見る方が、何倍も迫力があっていいのだとか。


 それができなくて残念ですね、とマナーの先生は言っていたが、今まさにそれを私は味わっていた。


 ノエに促された椅子の前には、何も遮るものはない。けれど目の前に広がる光景は舞台ではなく、投影だった。

 幼い頃、夢の領域でルートリに見せてもらったものによく似ている。ルートリの話に出てくるものを私が見たいと言った時に、魔法のように見せてくれたのだ。


 この場所が精霊界に繋がっていて、且つウェルディアの力が働いているからできることなのだろう。まさか現実世界でも見られるとは思わず、私は食い入るように見た。


『いい加減にしてください!』


 すると突然、大きな声が聞こえ、思わず隣に座っていたノエの袖を掴んだ。


「大丈夫です。こちらが見ていることを向こうは知りませんので、エイダ・ラーキンズ公爵令嬢が怒鳴った相手は僕たちではありません」

「そ、そうなのね。てっきり覗いているのがバレて、怒っているのかと思ったわ」

「リリアのそういう慌てた姿も可愛いですね」

「ノエ。今はそういう話ではなく、エイダ嬢はどうしてこんなに怒っているの?」


 私と同じエメラルドグリーン色の髪の女性の姿を見て、問いかけた。エイダ嬢は眉毛を吊り上げ、青い瞳で鋭く睨みつけている。


「僕がエイダ嬢に、ある情報を教えたからです」

「……あまりいい話ではないのね」

「はい。父親であるラーキンズ公爵が、未だにリリアに執着をして王妃様に進言している、と伝えました」


 エイダ嬢は確か、私と同世代の令嬢。下に一人、妹がいるだけに、責任感が強い人物だと聞いたことがあった。あの鋭い眼差しも、それを示しているのだろう。


 そんな彼女が、父親の愚かな行いに怒りを露わにしない理由はなかった。

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