第17話 特別が変わる瞬間
シェリー・ラーキンズの魂がお母様のお腹に、とはどういうこと?
つまり私は、シェリー・ラーキンズの……。
私は言葉にできない想いを乗せて、ノエの上着を掴んだ。
「そのことを知らない国王陛下は、王妃様の不貞を疑いました。リリアが生まれた時にはもう、お二人の仲は冷え切っていたそうなので」
「だからお母様は私の存在を嫌ったのね」
身に覚えのない妊娠。飛び交う疑惑。これでは完全に被害者だ。何も非がないのに疑われ、周りからも白い目で見られ、立場も危うくなったと聞く。
その全てがルートリのせいであり、私のせいなら納得するしかない。
「私が自害したばかりに、ルートリが、ラーキンズ公爵が!」
「違います! リリアは先代の愛し子ではありません」
「でも生まれ変わりなら、それは私も同然でしょう?」
「何でそうなるんですか。リリアはリリアだし。僕のリリアは一人しかいない。勝手に暴走して、失望して、八つ当たりしている奴らに、振り回される必要なんてないんだ。リリアは他の誰かになりたいの?」
「えっと、そういう話ではなくてね……だから」
「いいや、ノエの言うことも一理あります。我が家が風の精霊と縁があるからでしょうか。そのようなものに囚われてほしくないのです。昔は昔。今は今、ですよ」
すると呼ばれたと思ったのか、ウェルディアが姿を現した。風が舞い上がり、ノエがさらに強く私を抱きしめる。
「そうよ。今の貴女は昔の貴女ではない。それくらい精霊の私でも分かるわ」
「……ウェルディア様」
「確かに別れは悲しいものよ。でもね、ルートリがやったことは貴女を傷つけた。今もそう。だから貴女はルートリに怒ってもいいし、利用する奴らの言うことも聞く必要はないのよ。心赴くまま、自由になって。私はこの子たちに、いつもそう言っているわ」
「心、赴くまま……いいの?」
「勿論です。今は難しいかもしれませんが、この屋敷にいる時はそう心がけてみませんか?」
いつの間にかノエの口調が敬語に戻っていて、私は先ほどの言葉を思い出した。
『僕のリリア』
途端、顔が熱くなった。体も知らない内に反応したのだろう。その僅かな変化にも、ノエが気づいた。
「リリア?」
「っ!」
思わずノエの体を押し退けて立ち上がり、扉の方へ向かった。その瞬間、右手が何かに当たったような気がした。が、暖かい風に包まれて足を止める。
「一人になりたいのなら行きなさい。この邸宅で貴女を縛る者はいないのだから。でも迷ったら声を出して。連れて行ってあげるから」
振り向くとウェルディアがニコリと笑い、遠くを指差す。すると、勢いよく応接室の扉が開いた。
「ありがとうございます」
私は彼女の風に背中を押されるように、扉をくぐった。
***
けれど空気の読めない者は、どこにでもいるらしい。
ウェルディアの配慮のお陰で応接室から出た私は、案の定、自分に用意されていた客室に戻ることができなかった。けれどこのまま散策したい気持ちもあり、ウェルディアの言葉の通り、気の向くまま歩き続けた。
塵一つ落ちていない廊下。絨毯もザラザラしていなくて歩き易く、窓に触れても手が汚れることもない。
通された客間もそうだったが、何もかもが離宮と違い過ぎて戸惑う反面、連れて来てくれたノエに感謝した。きっと彼は、私が帰りたくない、と言ったら許してくれるだろう。パルディア公爵もまた。
「ここに、いたいなぁ」
離宮だと、廊下を歩いている時でさえ、侍女たちの話し声が聞こえてきた。その内容はいつも、私への不満ばかり。けれどここは違う。気を遣っているのか、姿さえも見えなかった。
それなのに、人の気配がして安心する。窓から差し込む温かな光が、胸の奥にまで届いているような気がした。
「そのくらい、ここは居心地がいいのか?」
「っ!」
綺麗に磨かれた窓に映る、自分と同じエメラルドグリーン色の髪をしたルートリを見て、息が止まりそうになった。
本当にシェリー・ラーキンズの魂をお母様のお腹に?
「あぁ、宿した」
「ルートリ! どうしてそんなことをしたのですか?」
「シェリーは王族に対し、悪い感情を向けていなかった。あと王妃を姉のように慕っていたのだ。だからよくしてくれると思っていた」
「父親が誰かも分からない子どもを可愛がることは無理です!」
そうだ。私はお父様の子どもですらないのだ。だからお父様が真実を知ったとしても、私の扱いは変わらない。せめてお母様と仲直りをしてほしいと願うだけだ。
「私の結婚でお母様の顔色を窺っていた、ということは、すでにお父様も……知っているのですね」
「恐らくウェルディアを通して、パルディア公爵が話したのだろう。ウェルディアは噂好きでさらに口も軽い」
「ルートリ。ここは精霊界ではありませんが、ウェルディア様のテリトリー内ですよ。そのようなことを言うのは……」
「問題ない。私がここにいるのが何よりの証拠だ」
確かにウェルディアが姿を現さないことから、本当なのだろう。それなら尚更、いけないことのように感じた。
しかし、今はそんな話をしたいわけではない。
「問題は、お母様やシェリー・ラーキンズの意思を無視したことです。いくら失ったことが悲しくても、自然の摂理を変えてはいけません」
「それを人間たちは望んでいるから、私の助言を受けるのだろう? 愛し子たちは皆、期待していた」
「だって、それが自分の生きている価値なのですから、当たり前ではありませんか!」
助言を受けなければ、お父様とお母様に必要とされない。生きる価値がないとみなされれば、皆が私の元から去って行く。
恐らくシェリー・ラーキンズもそうだ。ルートリがいなければ、兄であるラーキンズ公爵に必要とされず、助言を受けなければ公爵家にいる意味を失う。
「ルートリは常に私の傍にいるわけではありません。そんなの、人間界で一人生きていく私には耐えられません」
だからシェリー・ラーキンズは自害する道を選んだ。でも私は……。
「大丈夫。リリアには僕がいます。一人にはしません」
「ノエ……」
後ろから再び、震える私の体を抱き締めてくれた。
やっぱりノエも、近くにいたらしい。屋敷で迷子になったら声をかけて、とウェルディアは言っていたが、それでも心配してくれたのだろう。
「僕は絶対にリリアを悲しませることはしません。リリアのすべてを守ってみせます。これは愛し子だからではなく、リリアだからです。リリアだから僕は――……」
「ありがとう、ノエ」
そうだった。ノエは昔から、私を愛し子として接したことはない。真っ直ぐに私だけを見てくれる。何の取り柄もない私を欲してくれる。
私は体を反転させて、ノエに抱き着いた。
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