第4章 王女が愛し子になった理由

第16話 先代の愛し子を巡る思惑

「それでは改めて、先代の愛し子であるシェリー・ラーキンズ公爵令嬢のお話をいたしますが、よろしいですか?」


 パルディア公爵はそう言うと、ううんと咳払いをした。


「父上はそうやって、すぐに格好から入るんだから」

「ノエ」

「はい。何でしょうか」


 どうしよう。気持ちよく返事をされてしまったわ。大人しく聞いて、と言いたかったのに。


「すみません」

「ううん。いいのよ」


 けれどノエは、私の困った表情に気づき、すぐに姿勢を正した。よくは分からないが、私の意図を汲み取ってくれたらしい。


「そういうやり取りをしていると、本当に昔を見ているようで懐かしく感じます」

「……パルディア公爵。それはシェリー・ラーキンズと誰のことを言っているの?」

「勿論、アルデラーノ・ラーキンズ公爵のことです。彼は妹であるシェリー嬢を、とても可愛がっておりましたから」


 だから私によくしてくれたのかしら。初めて会った時から、妹に似ていると言っていたから。


「今はあまり交流がありませんが、昔は同じ四大公爵家ということもあり、盛んにお茶会やパーティーを開いていました。他の貴族とは違い、我々は精霊と縁のある家門でしたから、色々と情報を交換したり、相談したりしていたのです」

「関わっている者同士にしか分からない悩みがあるから、無理もないわ」

「はい。これから精霊士になる令息令嬢なら、尚更です。無事に精霊と契約できるのか。してもらえるのか、は最大の悩みでした」


 四大公爵家にとって、精霊と契約を交わし精霊士になることは、爵位を継ぐことを意味している。だから無事に精霊士となれるかどうかは、人生を左右するほどの大きな問題だった。


「けれど父上は無事に、ウェルディアと契約を結んで公爵となられましたよね」

「私は、な。だが、四大公爵家の中で、爵位を継いでいるにもかかわらず、精霊士ではない者がいるだろう」

「……ラーキンズ公爵」


 初対面の時、ルートリの縁者だと言っていたが、彼はルートリと契約を交わしていない。精霊士でもない。


「それなのに何故、ラーキンズ公爵は爵位を継げたのか。不思議に思ったことはありませんか?」

「いいえ。私はそのシステムを知らなかったから」

「では今は?」


 私は言葉に詰まった。ルートリの口から聞いたのは妹のシェリーだけで、兄のラーキンズ公爵が出てきたことは一度もない。私が尋ねる理由もわざわざないから、余計に。


「今も昔も、四大公爵家の中で唯一、精霊士ではないことに、ラーキンズ公爵はコンプレックスを抱いているのです。しかしどんなに足搔いても、彼は精霊士になれません」

「それは相手が……ルートリがいるから、どんなに努力をしても叶わない」


 残酷な現実だが、精霊と精霊士にも相性がある。四大公爵家に生まれたからといって、無条件で精霊士になれるわけではないのだ。


「だからその欠点を補うために、ルートリ様の愛し子が必要だったのです」

「どういうこと?」

「ラーキンズ公爵の欠点はルートリ様と契約が出来ないこと。だから愛し子であるシェリー嬢を傍に置くことで、うるさい蠅共を追い払い、嫁がせないことを条件に爵位を得たのです」

「嫁がせないことは、その家に縛り付けることを意味しています。どこにも行けず、ルートリ様の愛し子である役割を果たし続ける人形」

「サビルース王国に繁栄をもたらし続けるだけの人形」

「い、嫌っ!」


 まるで自分のことのように聞こえて気持ち悪くなった。

 いや、違う。これはシェリー・ラーキンズだけの話ではない。私に対しても言っているのだ。


 震える体を抑えようと、両手を胸の位置で組んで縮こまらせる。すると、隣にいたノエがそっと包み込んでくれた。


 温かい。けれど止まらない震えに耐え切れず、私はノエに体を預けた。


「すみません。怖がらせてしまって」


 ううん、と首を振るところなのに、私はそれができなかった。「人形」と言われ、改めて感じた自分の存在と役割。立ち位置について。

 そして、ラーキンズ公爵が私に何を求めていたのか、も。


 だから顔をノエの胸に埋めた。


「でもこれ以上、ラーキンズ公爵に近づいてほしくないから、言うしかありませんでした。先代の愛し子は、それに耐え切れずに命を落としたので」

「えっ」


 私は顔を上げて、ノエを見つめた。けれど答えをくれたのは、パルディア公爵だった。


「シェリー嬢は、いつしか気づいてしまったのです。兄であるラーキンズ公爵がルートリ様と契約したいために、自分を大事にしていること。シェリー嬢がルートリ様に口添えするように誘導していたこと。けれどルートリ様は、すべてご存知でした。だから……」

「ルートリはけして、ラーキンズ公爵と契約を結ばなかったのね」


 精霊が人間の善悪に気づかない、と思っていることがすでに、ラーキンズ公爵の敗因だった。しかしシェリー・ラーキンズを利用している時点で、もう遅い。

 ルートリがそれを許すはずがないのだから。


「はい。しかしラーキンズ公爵は、シェリー嬢を失ったのはルートリ様のせいだと決めつけました。自分の欠点を補ってくれる存在がいなくなり、おかしくなったのでしょう。何も知らない周りは、大事な妹君を亡くし、我を忘れていると勘違いしていましたが」

「だけど、そんなことをすれば、ルートリはますますラーキンズ公爵を嫌うわ」

「そんなことも判断できなくなるくらい、当時のラーキンズ公爵は荒れていたのです」


 あんな落ち着いた方が……信じられない。だけど、もっと信じられない言葉を、ノエの口から聞かされることになった。


「ルートリ様はそれを見て、ラーキンズ公爵家を見限り、先代の愛し子の魂を王妃様のお腹に宿したそうです」

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