第15話 臆病者同士の二人

 先代の愛し子。つまり私の前に夢見の精霊ルートリに選ばれ、愛された人間が、ラーキンズ公爵の妹であることを知ったのは、五年前のことだった。


「これはこれは、失礼いたしました」


 謁見の間からの帰り道、曲がり角で人にぶつかりそうになったのだ。相手は明らかに慌てていた様子だったのに、私の姿を見るなり無遠慮に近づいてきた。

 失礼だとは思ったが、自分と同じ、薄紫色の瞳をした人物に驚き、動けなくなったのだ。


 もしかしたら、今までも王城ですれ違っていたのかもしれない。私がただ気づかないだけで、謁見の間に参列している貴族たちの中にもいた可能性だってある。

 しかし誰も、私に挨拶をする者がいなかったから、知る由もなかった。勿論、目の前にいる人物が誰なのかさえも。


「もしや、リリア・サビルース王女殿下でしょうか?」


 本来ならば、王族である私から話しかけない限り、相手から発言することは許されない。けれど咄嗟のことに対応できなかった私のために、向こうは無礼を承知で話しかけて来たのだ。


「そ、そうだけど、貴方は?」

「アルデラーノ・ラーキンズ。四大公爵家の一角を担う、ラーキンズ公爵家の当主を現在、任される者です」

「ラーキンズ……あっ、貴方が。だから私と同じ瞳の色をしているのね」

「はい。同じ夢見の精霊ルートリ様の縁者えんじゃですから」


 縁者……。

 それ故にお父様は、真っ先にラーキンズ公爵とお母様の不貞を疑ったらしい。私と同じ薄紫色の瞳をしている、という理由で。


 だから名前までは聞いたことがあった。が、ルートリの縁者とは、どういうことなのだろうか。私が首を傾げると、すぐにラーキンズ公爵は答えを教えてくれた。


「おや、ご存知ありませんでしたか。我が家は代々、ルートリ様と契約を結んでいる精霊士の一族なのです。そしてリリア王女様と同じ愛し子を、ルートリ様はずっと我が家からお選びになっておられました」

「えっ」

「だから何故、リリア王女様をルートリ様がお選びになったのか不思議でしたが……本日お会いして、その理由が分かったように思えます」


 初対面でいきなりそんなことを言われて戸惑ったが、当時の私は十二歳の子ども。その言葉の裏側など読むことも出来ずに尋ねた。


「それは一体、何なの?」

「私の妹によく似ていらっしゃるのです」

「妹?」


 それが私と、どう関わりがあるのだろうか。


「はい。妹もまた、ルートリ様の愛し子でした。リリア王女様が生まれる前に亡くなりましたが……」

「っ!」


 その後、ラーキンズ公爵とは他愛のない会話をして別れたと思う。気がついたら離宮にある自分の部屋にいたから、どうやって別れたのか、帰って来たのか、までは分からなかった。


 それくらい、気が動転していたのだろう。けれど考えれば考えるほど、自分の愚かしさを実感した。どうして知ろうとしなかったのだろうか、と。


 ルートリから助言を受け、愛し子はそれを謁見の間で報告をする。

 それが当然のように行われていたことから、私は何の疑いもせずに従っていた。けれど逆をいえば、この慣習は以前からあったことを意味している。

 つまり、私の前にも愛し子がいて、サビルース王国を支えていたのだ。


 ルートリは滅多なことでは過去の話をしない。いつも冷遇されている私の身を案じて、楽しい話題ばかり口にしているせいもあるのだろうけれど。

 何百年、何千年と生きているルートリにとって、私は数ある愛し子の一人でしかないのだ。その場しのぎの会話でも、私はルートリにずっと励まされてきた。


 だからルートリは私にとって特別で、彼の愛し子と呼ばれることが心地よかった。それなのに、ルートリ以外の者から先代の愛し子の存在を知るなんて、聞きたくなかった。知りたく……なかった!


 私にとって、先代の愛し子はそんなイメージだった。



 ***



「実はルートリに、先代の愛し子について聞いたことがあったの。だけど私を見ては、「お前に似ている」とか「優しい子」としか言ってくれなくて」


 でも本当は、それ以外の言葉を聞きたかった。その人とどんな会話をしたのか、どんな風に過ごしたのか、を。


「ラーキンズ公爵からは?」

「ルートリと似たようなものばかり。違うのは、何が好きだったのかを教えてくれたわ。だから逆に、それ以外のものを好きになるようにしたの」

「なるほど、それは盲点だった」

「ノエ!」


 パルディア公爵がノエをたしなめる。これでもう何度目だろうか。その都度、可笑しくて笑ってしまう。


「しかし、そう思われるのなら、何故ラーキンズ公爵を好まれ……いえ、エスコートなどを受けていたのですか?」

「……断る理由がなかったからよ。一人で謁見の間に行くのも……どんどん嫌になっていたから」


 少し恥ずかしかったけれど、パルディア公爵とノエのやり取りを見たせいだろうか。もしくはこれから家族になる、と思えたからか。素直に話すことができた。


「それならもっと早く、僕が出ていれば良かったですね。僕が怖気づいてしまったせいで、ラーキンズ公爵がリリアを養女にしたい、とまで言ってきて、さらには!」

「ノエは何も悪くないわ」

「いえ、ノエを甘やかしてはいけません、リリア王女様。私が背中を押しても前に出なかった臆病者なのですから」

「臆病者? ノエが?」


 今も昔も、臆することなく何でも聞いて来るのに。


 思わずノエを見つめると、恥ずかしいのか視線を逸らされた。


「臆病者だから、リリアにあれこれと聞くんですよ。リリアの本心はリリアの胸の内にあって、誰も踏み込むことができない領域ですから。ウェルディアに頼んでも、ルートリ様にお聞きしても分からない。僕が手を差し伸べても、受け取ってもらえないかも、と思ったら踏み出せなかったんです」

「私もその気持ち、分かるわ。ルートリに先代の愛し子について、あれこれ聞けなかったのがそうだもの」


 聞いてみたいと思ったことも本心だし、聞きたくないと思ったこともまた。だからルートリは言わなかった。私が傷つくことは、絶対にしないから。


「リリア」

「だけどね、ノエを見ていたら聞いてみたくなったの。ラーキンズ公爵が私に固執する理由も気になるし」


 何より、第三者であるパルディア公爵から、ということが大きかった。それを口に出すと、またノエが何を言い出すか分からないから、今はそっと胸の内にしまっておくことにした。

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