第14話 精霊に関わるものの影響

「すみません。重要な話をする席で取り乱してしまって」


 使用人にお茶を出させている間に、私はノエが落ち着くまで背中を撫でた。けれど不思議なことに、そうしているだけでノエの表情が見る見るうちに元気になっていく。


 怒ったと思えば沈み込み、今度は笑顔を見せるノエ。見ていて飽きないとは、彼のことをいうのではないだろうか。


「いいのよ。お陰で緊張が解れたから」

「っ! リリアがそう言うなら良かったです」


 けれど目の前のソファーに座っているパルディア公爵は、何か物言いたげな視線を向けてくるだけで、口を開こうともしなかった。やはり、昨日の疲れが取れていないのだろう。

 しかしパルディア公爵は忙しい身。同じ屋敷にいるからといって、話をする機会は簡単に得られるとは思えない。だから私は、心を鬼にして前を見据えた。


「それで公爵。お疲れのところ悪いのだけれど、昨日、私たちが謁見の間を去った後の出来事を聞かせてくれる?」

「分かりました。けれど私の疲れはお構いなく。これは昨日のものではありませんので」


 では、何に対してのことなのかと聞くのは、野暮なことのように感じた。だから代わりに頷いて、先を促す。


「リリア王女様が去られた後、すぐにルートリ様も後を追うか、もしくはお帰りになられると皆、思っていました。けれどルートリ様はその場に留まれたため、しばらく沈黙が続いたのです」

「沈黙? ルートリは何も言わなかったの?」

「はい。そのため、事前に愚息から聞いていた私が発言をさせてもらいました。「ルートリ様の提案通り、リリア王女様の降嫁先として、我がパルディア公爵家をお考え願えませんでしょうか」と。ノエの独断だと、お咎めもくるでしょうが、私の承諾が加わるのとでは話は違ってきますからね」


 けれどお父様はすぐに返事をしなかったという。ラーキンズ公爵以下、他の貴族を見渡し、最後にお母様へと視線を向けた。


「そ、それでお父様は? 何か仰ったの?」

「いいえ、何も。王妃様の顔を伺いましたが、私に「リリアの件は任せる」とだけ言い、退席してしまわれました」

「え?」


 それだけ? いや、お父様は私を不義の子だと疑っていたのだから仕方がない。

 十七年間、生きてきて、まともに会話をしたことがないくらい、親子の情は希薄だった。謁見の間以外での会話も、数える程度しかない。


「申し訳ありません」

「いいえ。お父様は元々、そういう方よ。だから私は、ラーキンズ公爵にそれを求めてしまったのかもしれないわ」


 お母様への期待は早々となくなったけれど、お父様に対しては、僅かに残っていたのだろう。ラーキンズ公爵は年齢的にもお父様と変わらないから、エスコートなどの援助を気軽に受けてしまった。

 見返りを求められても、返せないハズレ王女に近づく者はいない。だから利用されるとは微塵にも思っていなかったのだ。

 けれど他の者と同様に、笑顔の裏に隠された、その真意に気づけていれば、ノエやルートリ、パルディア公爵に迷惑をかけずにすんだというのに、私は……!


「そんな奴のことなど忘れてしまいなさい」

「父上の言う通りですよ、リリア。それにこれから僕の婚約者になるんですから、こんな父上で良ければ、父親代わりにしてください」

「……ノエよ。間違ってはいないが、こんなのとはリリア王女様に失礼なのではないか?」

「父上。これは言葉の綾ですよ。それにリリアは王族なのですから、臣下を父親代わりに薦める側としては、謙虚に振る舞うのが正しい言い方だと思います」

「間違ってはいないが正解を教えてやろう。それを言うのはお前ではなく、私だということだ」


 パルディア公爵は立ち上がり、再びノエの首根っこを掴もうとした。


「ふふふっ」


 もう二度目だからか。驚きよりも可笑しさの方が勝ってしまった。

 本来ならば、私がパルディア公爵を止めて、ノエを諭す場面だというのに、じゃれ合う二人を見ていたら、抑えきれなかった。


「え、待って。今の場面、どこに面白い要素があった?」

「こら、敬語が取れているぞ、ノエ。不敬だろう」

「父上、今はそんなことを言っている場合ではありません。リリアが笑ったんですよ」

「それは分かっているが……」

「いいえ、分かっていません。リリアにはずっと笑っていてほしいんです。だからどこの場面で、とのようなものに反応したのか知る必要が――……」

「ノエ!」


 止まらないノエの口を制するように、パルディア公爵が声を張り上げた。

 確かに、ノエの発言には驚かされたが、そこまで反応しなくても良いような気がした。が、それよりも早く、パルディア公爵が手をあげる。


 だ、ダメ! 私のせいでノエが!


 けれど反応が遅れてしまったために、パルディア公爵の手がノエの顔に近づき、私は思わず目を瞑る。しかし、いくら待っても聞こえてくるはずの音がしない。その代わりにノエを窘めるパルディア公爵の声が聞こえてきた。


「だから言っただろう、ノエ。お前がおかしなことを言うと、リリア王女様が困惑したり、怯えたりするのだと」

「それは父上が僕を殴ろうとするからで……」

「しないようにする、とは思わないのか?」

「っ!」


 再び穏やかに会話をする二人の声に、私はそっと目を開ける。すると、距離を置いていたはずのノエの顔が近づいてきた。


「すみません! この屋敷にいる時は、いいえ、僕の婚約者になったらリリアにはできるだけ笑顔でいてほしくて……だから、その……色々と詮索してしまいました」

「詮索……そういえば、ノエは昔から私に色々聞いていたわよね」


 会う度に好みを聞かれるから、一時期、ノエに会うのが億劫になっていたことがあった。


「それは我が家の癖なのです、リリア王女様」

「……好奇心旺盛、というわけではなく?」

「はい。風の精霊ウェルディアと契約している関係で、我が家はこのサビルース王国すべての情報を持っています。それは時に国を支え、危険から回避し、繁栄をもたらしてきました」


 ルートリが愛し子に助言を与えるのと同じように、パルディア公爵家もまた、サビルース王国の情報網を網羅することで、その一端を担っていた。


「常に情報を把握しなければ、という考えが、いつしか把握したいという想いに変わり。制御できなくなると、ノエのようになってしまうのです」

「……私が夢の中にずっといたい、と思うのと似ているのね。ノエのように力があるわけではないから、制御できているのかも」


 仮にルートリから、夢の領域への出入りを自由にさせてもらったら、多分私は一日中、居座ると思う。だからノエの気持ちが、少しだけ分かるような気がした。


「さすがはルートリ様の愛し子ですね。これを聞いても気味悪がらないのは」

「精霊と関わっていれば、自然と影響を受けてしまうもの。こればかりは仕方のないことでしょう。非難なんてできないわ」

「いえ、それだけではありません。その考え方も含めて、リリア王女様は先代の愛し子、つまりラーキンズ公爵の妹君によく似ていらっしゃいます」

「先代の……ルートリやラーキンズ公爵から断片的にしか聞いていないけれど、どういう方なのか、聞いてもいいかしら?」

「勿論です。それと、ラーキンズ公爵がリリア王女様に固執する理由もまた、知っておいた方がよろしいかと思いますので」


 そうだ。昨日、パルディア公爵邸の庭園で詳しい話を聞きたいか、とノエに言われていたのだ。タイミングを逃してしまっていたけれど、今がその時。


「えぇ。是非、お願いするわ」

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