第13話 パルディア公爵家の日常
翌日、宣言通りにパルディア公爵と会うことになった。それも、屋敷に通されて初めて入った部屋で。
そう応接室に、だ。まさかまたこの部屋に入るとは思わず、私の心はいつにも増してそわそわしてしまった。
初めは緊張しているのかと思ったが、謁見の間の時とは明らかに違う気持ち。これはお母様を前にした時のような恐怖ではなかった。
「大丈夫ですよ。父上は僕から見ても怖くはありませんから」
あぁ、そうか。隣にノエがいるからだ。この部屋で告白をされて……そして手に……!!
お母様や他の姉妹たちがされているのを見たことはあるけれど、いざ自分がされると、こんなにも恥ずかしいことだったのね。
思い出しただけで右手の甲が熱くなるのを感じた。
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもないわ」
「やはり部屋を移しましょうか。こういう格式張った場所は苦手ですよね」
「だ、大丈夫よ。それにパルディア公爵もすぐに来るだろうから、行き違いになっても困るでしょう?」
謁見の間でガチガチに緊張していたからか、ノエが的外れな提案をしてきた。
格式張った場所が苦手なのではなく、そこにはいつもお母様がいたからだ。今は傍にノエがいるから……。
しかしそれを言うと、ノエはすぐにここから出て行きそうな気がした。もしくは「部屋の隅にいるので」と私の傍から離れてしまうかもしれない。
さすがにあまり面識のないパルディア公爵と二人にされるのは困るし、会話だって上手くいくか……だから逆にノエが傍にいてくれる方が心強かった。
すると扉のノック音が聞こえてきて、近くで待機をしていた使用人がノエの合図で開ける。私は立ち上がり、ノエと同じ銀髪の男性を出迎えた。
本来なら王女である私が立ち上がる場面ではない。けれどここはパルディア公爵邸。その主を出迎えるためなら、礼儀に反する行為ではないだろう。
もしかしたら、これからもお世話になるかもしれないし……。
「パルディア公爵。昨日は挨拶もせずにごめんなさい。随分と苦労をかけた、と聞いて……」
「いいえ。謝る必要はありません。そもそもこれは愚息が企てたこと。もうすでにご存じだとお聞きしましたが」
そうだった。風の精霊ウェルディアと現在契約しているのはノエだけど、その前はパルディア公爵だったのだから、今でも交流があるのだろう。
そもそも精霊士を引退されたからといって、能力が消えたわけではないのだ。ウェルディアでなくても、風の微精霊から聞くことができる、というわけである。
「確かに、ノエがルートリに提案した、と聞いたわ。けれど私の結婚について、お父様たちがどうお考えなのか読めない以上、ノエの判断は間違っていたとは思えないの」
「リリア!」
後ろからノエが、嬉々として近づいて来る気配がした。振り向かなくても、その声だけで分かる。だから左手を上げて、それを制止させた。
「夢見の精霊ルートリ様の愛し子である以上、他国に嫁ぐことはあり得ないでしょう。だからといって臣下に
「けれどラーキンズ公爵とお母様が手を組んだらどうかしら? 私の不幸だけでなく、ラーキンズ公爵家の勢力も弱体化させることができる、としてお父様も乗り気になると思わない?」
「リリア王女様……まさか、そこまでお考えだとは」
パルディア公爵が驚くのも無理はない。離宮にずっといて、本城に行くのはルートリの助言を受けた時だけの私が、王室と貴族の確執を知らないとでも思ったのだろう。
ルートリの助言は、時に国政や勢力図を大きく変えるものもあるというのに。
「私はただ助言を伝えるだけの人形ではないのよ、パルディア公爵」
「そうですよ、父上。リリアは勉強熱心で、王妃様が嫌がらせで送って来た家庭教師たちを、その都度、撃退してきたんですから」
「の、ノエ!?」
どうしてそれを、と思った瞬間、パルディア公爵がノエの首根っこを掴んで部屋の片隅に行ってしまった。
けれど、いくら広い応接室といっても、ここには私とノエ、パルディア公爵しかいないのだ。耳をそばだてなくても聞こえてしまう。
「何をするんですか、父上」
「言葉には気をつけろと言ったはずだ。九年間も離宮に行かなかったお前が、それを知っていたら気味悪がられるだろう」
「すでに風の微精霊を使えることはご存知なのですから、大丈夫ですよ。あと、我がパルディア公爵家に来てもらうのなら、こういうことは日常茶飯事だということを知ってもらわなくては」
「それもそうだが……いや、そういう話はこれからするものだろうが!」
ノエの言い分も、パルディア公爵の言い分も最もだった。しかし今は目の前の問題である。パルディア公爵が今にもノエを殴りそうな気迫に、私は思わず駆け寄った。
「お、落ち着いてください! 私は気にしていませんから」
パルディア公爵の腕にしがみついて、何とかその腕を下ろさせた。その瞬間、僅かに緩んだ私の腕を強引に引っ張られ、気がつくとノエの腕の中に。
「リリア! 忘れたんですか? ラーキンズ公爵は父上と同じくらいの年齢なんです。不用意に抱きついて勘違いさせるような行為はしないでください!」
「え?」
ナニヲイッテイルノ?
「ノエ。いくらなんでも、私はそういう趣味はないし、息子の婚約者に恋慕をする愚か者でもない」
「はっ! そうよ、ノエ。いくら親子でも不敬すぎるわよ」
一瞬、思考が飛んだが、パルディア公爵の機転が早くて助かった。私が抗議の目を向けると、ノエは「でも、だって……リリアが」というものだから、私もそれ以上は言えなかった。
昔から変わっていたけれど、こんなに変わっていたかしら。脳裏に不安が過ったが、私はノエを宥め、再びソファーに座るように促した。勿論、パルディア公爵に対してもだ。
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