第3章 婚約者になる準備

第11話 精霊と精霊士の謀

「えっ! それじゃ、これはルートリとノエが企てたことなのですか?」


 パルディア公爵邸の客室に案内された後、私はベッドにダイブした。疲れていたのが顔や態度に出ていたのだろう。ノエが気を遣って一人にしてくれたのだ。


 けれど名残惜しそうな声で「今日は色々ありましたから、僕はこれで」と言いながら扉に向かい「ゆっくり休んでください」と静かに出て行った。

 その顔はここから離れたくない、と言っているようにも見えた。が、私にはノエを気遣えるだけの余裕はなかった。本当に、色々なことが起きたからだ。


 まずは頭の中を整理して、状況を把握しなくちゃ。勝手に王城から出てきてしまったから、離宮の者たちも困っているかもしれない。

 あんな人たちでも、私の世話をしてくれていたのだから。


 けれど私の思考はそれ以上、続かなかった。突然、睡魔に襲われたのだ。気が抜けた、というのもあるが、すぐにルートリが呼んでいるのだと分かった。

 だから断じて、慣れない部屋にも拘わらず、すぐに寝てしまうような無神経な人間ではない。離宮の私室と違い、ベッドがふかふかだから気持ちが緩んだわけでもないのだ……!


 その証拠に私は今、ルートリの領域である夢の中にいた。すぐさまルートリを探し、今日の出来事を聞いたのは言うまでもない。


 突然、私の結婚相手を探せという助言をしたかと思えば、今度は謁見の間に現れたのだ。いくら私のためとはいえ、ルートリらしくない。ううん。ウェルディアのことも含めると、精霊同士連携しているように見えてしまったのだ。


 そもそも属性や縄張りが違うから、お互いのことは認識していても、仲良くなろうという意思はないって聞いていたのに……。

 まさかノエと結託してウェルディアを巻き込んでいたなんて……信じられない。


 呆れて物が言えない、といった仕草をしたつもりはないのだが、ルートリは拗ねたように口を尖らせた。


「企てた、とは聞き捨てならないな。提案に乗った、と言ってほしい」

「提案って……当事者である私を除け者にしたんですよ……酷いではありませんか」


 確かにルートリはいつも、独りよがりだけど。そこに私ではない人物が関わっていることが問題だった。それも私に関する話で……!


「ん? もしや自分以外の人間が私と仲良く談笑をしたことに拗ねているのか?」

「違います」

「だったら、どうしてそんなに怒っているんだ」

「それは……私には一言も話してくれなかったからです」


 ノエから話を持ちかけられたこと。ウェルディアが手引きをして、夢の領域にノエを招いたことなどだ。


「私の結婚相手を探せ、とわざわざ助言をしなくても、ただ一言。「ノエと結婚しろ」と言えば良かったのです。そうすれば私は――……」

「結婚するだろうな、ノエと。奴らから反対も受けずに、すんなりとな。だが、それでは意味がない」

「どうしてですか? あんな騒動を起こさずにできた話です」

「本当にそうか?」


 私は確信をもって頷いた。私は夢見の精霊ルートリの愛し子だ。ルートリがいなければ、サビルース王国の王女。何のとりえもない、ただの王女なのだ。

 権力も後ろ盾も、将来性もない、ただの……いや、今や王女を名乗るのも、おこがましい。だからノエに「王女殿下」と呼ばれたくなかったのだ。侍女たちが嫌味でそう呼んでいたから、尚更。


 けれどノエは違う。私の望みを聞いて、あの場から連れ去ってくれた。お母様の視線から私を守ってくれた。そして、私を「好き」だと言ってくれた。


「ノエは心配していたぞ。九年間も会いに行かなかった自分よりも、常にリリアをサポートしていたラーキンズ公爵の申し出に応えてしまうのではないかとな」

「……ラーキンズ公爵は、私にとって父のような人ですよ。養女としてなら分かりますが、結婚の申し出は応えられません」

「果たしてそうだろうか。私は人間の事情は知らないが、ラーキンズ公爵が申し出てきたら王妃は国王を言いくるめて、話をまとめようとするだろう、とノエは言っていた」

「お母様は……私の不幸を望んでいますから」


 あり得ない話ではなかった。ラーキンズ公爵家は元々ルートリと縁のある家門。それを盾に、お父様だけでなく、当のルートリまで言い包めそうだったからだ。


 自分に縁のないパルディア公爵家よりもラーキンズ公爵家の方が、ルートリもいいに決まっている、と。ノエとの縁談を破棄する言い分として、これ以上ない説得力だった。


「だから一芝居打つ必要があった。リリアを守れるのかどうかも見たかったからね。あとリリアの気持ちも」

「私の……気持ち?」

「そうだ。私が一方的にリリアの相手を定めても、当の本人が嫌がれば意味がない。それを見定める場も必要だったのだ。もしかしたら、ノエ以外にもリリアを幸せにしてくれる存在がいたかもしれない」


 思わず目を大きく開けて、パチパチと瞬きをした。だって、ノエのような奇特な存在がまだいるかもしれない、だなんて想像もしなかったからだ。いや、それを考えたルートリにも驚かされた。


「だからノエの提案に乗ったのだ。ラーキンズ公爵の思惑も知っていたが、リリアがどんな反応を示すのか、までは分からなかったからね。さすがにそこまで傲慢ではない」


 精霊と愛し子は、感覚的に繋がっている。といっても、精霊側からのみだ。それに頼りっきりにしない、とルートリは言ってくれている。


「でもルートリだって、私が気に入っても拒否することはあるんですよね」

「当然だ。リリアを守れない奴には任せられないからね。その点、ノエは合格だ。ウェルディアと契約している精霊士ならば問題はない」

「あっ」


 ノエが九年間、私に会いに来られなかった理由を思い出した。私を守る力を得るためだと。


 それがウェルディアとの契約? 精霊士でないと、ルートリに認められない、と思ったから。


「ルートリ。今すぐ私を帰してください。ノエにお礼を言わなくては」

「それじゃ、決心がついたってことかな」

「はい。ノエの努力に、私も応えたいんです」


 努力が報われないのは嫌。お母様や他の家族に認められるために頑張ったけれど、その全てがダメだった。無駄だった。言葉さえも届かなかった。


 その辛さを知っている私が、同じことをノエにするなんて……できないわ。


「だけどまだノエを好きかどうかは分かりません。ただ温かい気持ちにはなるんです。だから……」

「うん。私もリリアの気持ちを感じるよ。さぁ、おかえり。リリアを待っている者の元へ」

「はい」


 私は祈るように目をつむった。

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