第8話 失態と孤立
それを機に、僕は長いことリリアがいる離宮に通い続けた。リリアは自分が寂しくなると、乳母が僕を呼んでいる、と思っているようだったけれど、実際は違う。
なにせリリアが寂しくなる原因を作っているのが僕だったからだ。僕以外の令息は勿論のこと、令嬢も近づけさせなかった。
彼らは裏でリリアの陰口を言いふらし、他の王子や王女、または王妃の機嫌を取っていたからだ。リリアの情報をあんな奴らが知るだけでも腹立たしいのに、売るなどと……!
だから精霊士になる修行と称して、風の微精霊に手伝ってもらった。
何をしたかって? まぁ、色々だよ。皆、周り、特に親には言えないことの一つや二つはあるものだからね。それを少し耳元で囁いてやっただけさ。
ともあれ、秘密の趣味を作らないことだね。僕も人のことは言えないけれど……。
こっそりとリリアのいる離宮を監視しているだなんて……それも風の微精霊に頼んで。父上にバレたら大目玉を食らうだろう。
リリア? それは大丈夫。直接リリアを監視しているわけじゃないからな。僕がやっているのはあくまでも離宮の監視であって、リリアじゃない。そう、そこは弁えているさ。ふふふ。
「あら、何だか今日は楽しそうね、ノエ」
その日も僕は離宮のガゼボで、リリアとお茶をしていた。
僕の訪問を待ちわびてくれるリリアを見るのが、密かな楽しみになっていた時、それは起きた。だから油断した。まさかあの人が来るとは、誰が予測できただろうか。
「リリア王女様とこうして二人で会えるからです」
「まぁ、相変わらず口が上手いのね」
ふふふっ、と笑うリリアも相変わらず、僕の気持ちに気づいてくれない、鉄壁ぶりだった。
この環境がいけないのだろうか。いつも社交辞令だと跳ね返されてしまうのだ。残念なことに。けれど僕は諦めない。
「口が上手いのは、リリア王女様ともっとお話がしたいからです。いつも僕ばかりが話をしているので」
「それはノエの話が楽しいからよ。だから遠慮しないで。王城の、いえ離宮の外のこととか精霊様のことも含めて、もっと私に教えて?」
「遠慮など……僕はただリリア王女様の好みを知りたいだけで……」
思わず本音が漏れたが、気にしなかった。貴族の話し方とは反するけれど、リリアにはこのくらい言っても、伝わっているのかどうかも怪しかったからだ。
案の定、リリアは不思議そうに首を傾げた。
「私の……好みを? 何故?」
やっぱり。本当は好みよりも、好きなタイプが聞きたかった。でも、初手からこれなのだから、道のりはまだまだ遠い。
いや、そんなことでめげる僕じゃない!
「贈り物をしたいからです」
「あら、それはいつも貰っているじゃない。この茶菓子だって今日、ノエが持ってきた物よ」
それはリリアが時々、侍女たちに食事を抜かれているのを知っているからだ。
食べられないお花やアクセサリーを渡しても、リリアの役には立たない。逆にアクセサリーは、侍女に取り上げられてしまう可能性だってあるのだ。
まぁ、そんなことが実際あったら闇討ちに……ではなく、こっそり取り返してあげればいいだけのこと。
「茶菓子は勿論ですが、お茶の好みや好きな色とかも知りたいです。どれも喜んでもらえるので、もっと色々とバリエーションを増やしたい欲が出てしまい……ご迷惑ですか?」
別に嘘は言っていない。もっと喜ぶ物を差し上げたいのだ。そしてもっと笑顔を向けてほしい。僕だけに。
リリアは自分のことに無頓着だけど、こういうおねだりには弱かった。だから侍女に物を取られてしまう。
「ううん。今までのも十分だと思ったからで、けしてノエの好意を無下にしているわけではないの」
「でしたら、教えていただいてもいいですか?」
「……う〜ん。すぐには浮かばないわ。私はノエが持ってきてくれる物なら、何でも嬉しいから」
それはそれで困ってしまう。何でも、というのはどうでもいいという言葉が含まれるからだ。つまりリリアは、僕に全く興味がない、と言われているようなものだった。
嬉しいような、悲しいような。
いや、めげている場合ではない。何故ならリリアの背後に、ある人物が現れたからだ。
「そう、今のままでも十分なのか。なるほど」
「っ!」
この高圧的な声と赤い髪、そして青い瞳のお姿は王妃様!
「相変わらず、まともに挨拶もできないようね、お前は」
「……申し訳ありません。その、いらっしゃるとは知らず」
パシッ!
椅子から立ち上がると、リリアはすぐに振り返り頭を下げようとした。その瞬間、王妃様の扇が飛ぶ。リリアの頬を目がけて。
僕は駆け寄り、倒れそうになったリリアを支えた。噂には聞いていたが、これはあまりにも理不尽だ。たとえ、リリアのせいで自分の立場が悪くなったとしても、である。
「私に口答えをするな、と言ったはずよ。もう忘れるとは、嘆かわしい」
「申し訳――……」
「偶にしか訪れないのに、とんだ言いがかりではありませんか?」
「ノエ!」
王妃様の言葉に、リリアはまたすぐに謝ろうとしたものだから、僕も思わずカッとなった。そう、リリアを傷つけられて、黙っていられなかったのだ。
「ノエ? あぁ、そなたがパルディア公爵の倅か。どんな子どもを
「ご挨拶をしなかったのはお詫びしますが、けしてそのような理由でリリア王女様に近づいたわけではありません」
「しかしこの王城に入るには許可証が必要なはず。子どもには発行されない許可証が。誰と来た? パルディア公爵か? それとも手引きした者がいるとか……もしや!」
今度は僕が、王妃様の言葉にビクッと反応した。王妃様の仰る通り、いくら公爵家の人間でも、子ども一人で王城に来ることはできない。親に連れられて来るのが普通だからだ。
けれど本当のことを言えば、リリアと乳母に被害が行く。逆の場合は僕ではなく、罪のない衛兵たちが捕まってしまうだろう。
どうすれば……どうすれば回避できる? 考えるんだ。リリアを傷つけない方法を。
しかし、神は招かざる客を登場させるのが好きらしい。
「私です、王妃様。私がノエ様を手引き致しました」
「ばぁや!」
リリアが乳母に駆け寄り、王妃様との間に割って入った。
「違います。私がばぁやに頼んでノエをここに呼んでもらったんです。だからばぁやではなく、私を!」
「リリア。下の者を庇うのは、上の者の役目。よく分かっているようで安心したけれど、時と場合があるのを、そろそろ知っておくべき頃かしら」
「お、お母様?」
「どきなさい」
「キャッ!」
再び扇がリリアの頬に当たり、その小さな体がいとも簡単に横に飛んだ。僕はただ、リリアに近づいて、起こすことしかできなかった。
また僕の発言で事態が悪化するのではないか、という疑念が心を支配していたからだ。
乳母を庇い、リリアを傷つけない未来が思い浮かばない。どうやっても守れるのは、二つに一つ。リリアか、乳母か。
「ば、ばぁや……」
「っ!」
僕の選択肢はそもそも一つしかないのだ。
王妃様の敵意は乳母ではなくリリアなのだから、守るべき人は必然的に決まってくる。それによって、どんな結果が待ち受けていたとしても、僕は傍観することを選んだ。
守りたいのは、いつだってリリアなのだ。その心だって本当は……守りたいのに。今はそれができない……!
僕は王妃様を睨みながら、リリアの肩を必死に掴んだ。
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