第7話 初恋は一目惚れ
初めてリリアに会ったのは、八歳の頃。
ちょうどその年齢になると、各家門の子どもたちは親に連れられて王城に行ったり、他の家門の子どもたちと交流したりしていた。
リリアのいる離宮へ行ったのも、その一環だった。
「他の王子様たちと離れて暮らしているのは、リリア王女様が夢見の精霊ルートリ様の愛し子だからだ。粗相のないようにな」
王城に向かう馬車の中で、パルディア公爵である父上に言われ、僕は深く頷いた。
現在、風の精霊ウェルディアの精霊士を務めている父上は僕の誇りであり、理想。いずれも僕は、と思っている中で、別の精霊の愛し子と交流が持てるのだ。
これは何としてでもお近づきになりたい、と思う案件だった。
「はい、父上。お任せください」
元気に返事をした僕に、父上は優しい眼差しを向けて、頭まで撫でてくれた。
その時の僕は、ただ父上が安堵してくれたからだと思っていた。しかし真実は違う。僕にしてくれたリリアの説明もまた。
それが父上の優しさなのだと知るのに、さほど時間はかからなかった。
だけど父上。心配は御無用です。なにせ僕は、リリアと会った瞬間、好きになってしまったのですから。
***
離宮の前で僕は一人、馬車から降りた。父上はすでに本城の前で降りているため、馬車はここで残り、僕の帰りを待つことになっている。
父上の用事は長いし、僕の用事は……そこまで長くはかからないからだ。
今日は顔合わせ程度だからな。
侍女の案内で離宮の中へと入る。何度か王城には来たことがあるけれど、ここは離宮というだけあって、色々と手が行き届いていなかった。
たとえば壁。雨水に晒されているから仕方がないにしても、汚れが酷い。平気で土や砂がついたままで、明らかに手入れが行き届いていないのがよく分かる。さらによく見ると、蔦まで這っている始末だった。
加えて通された庭園は、客を招くつもりがあるのか、と思えるほど荒れていた。
枝や葉が飛び出ていて、汚らしいというより危ない。芝生もどことなく高いように感じられた。
歩く道は舗装されているから、足を取られることはない。が、王城には庭師が常住しているはずなのに、ここは管轄外のような有り様だった。
しかしカゼボで待ち受けていた人物を見たら、荒れた建物や庭園など、すぐに霞んでしまった。いや、それさえも彼女の可憐さを引き出す演出なのかと思えたほどである。
「ようこそ、離宮へ。リリア・サビルースです」
コロコロと鈴を転がすような声に導かれるように視線を向けると、そこにはエメラルドグリーン色の髪をした同世代の少女が微笑んでいた。
ここに招かれたのは僕一人だから、勿論、その微笑みは僕に向けられたもの。そう、僕だけの。
精霊の愛し子というよりも、人の大きさをした妖精のように愛らしく、薄紫色のクリっとした大きな瞳も可愛らしい。
あぁ、もっと僕に語彙力があれば、様々な言葉でリリアの容姿を表現できるのに……いや、あったらあったで、口に出していたかもしれない。それで引かれた挙げ句、変な人だと認識されたら……!
だからこれはこれで良かったのかもしれなかった。
「あの……大丈夫、ですか?」
「は、はい! 失礼しました。挨拶も返さずに」
僕は我に返り、頭を下げた。しかしリリアは苦笑するだけで咎めることはしない。
うぅ。その困った顔も可愛い。口元を隠している手を取って、今すぐご挨拶したいくらいだ。けれどそんなことをすれば、驚かれてしまうかもしれない。だから今は我慢しないと。
そっとリリアの顔を伺いながら、次の言葉を待った。
「気にしていないから平気よ。それに驚かれたでしょう? こんな場所に案内されて。私が王女とか愛し子だから、と無理に付き合うことはないからね。貴方も、来たくなかったら遠慮なく――……」
「そんなことはありません! 確かに名乗り忘れてしまいましたが、それはリリア王女様があまりにも……」
「王女らしくなかった?」
「違います! 可愛らしかったからです!」
リリアが自分を卑下するものだから、つい声を張り上げてしまった。それも本音を……!
穴があったら入りたい……。
「ありがとう。でも、私にお世辞を言っても、何の得にもならないわよ」
「僕はそういう意味で言ったわけではありません」
まさかお世辞と間違われ……いや、勘違いされるなんて。僕の大恥を……。
「そ、そうなの? えっと……」
「あっ、申し遅れました。ノエ・パルディアです」
「ノエね。覚えたわ。良かったらこっちに来てお話しない? 貴方の話を聞きたいわ」
「は、はい! 是非!」
どうやら僕の想いには気づいてもらえなかったようだけど、好意は察してくれたようだった。
さっきのリリアの話しぶりから、離宮を訪れた者たちの対応がありありと目に浮かぶ。
恐らく、悪態をついてすぐさま去って行ったのだろう。お陰で僕のところまで回ってきたのだから、文句は言いまい。腹立たしくはあるけれど。
だから今のリリアを見て、複雑になった。
何故なら彼女は、見るからに人恋しい気持ちが伝わってくるからだ。
僕に手を差し出そうかどうか悩んだのか、リリアの右手が少しだけ上げられ、指先を僅かに曲げる。けれど諦めたのか、結局その手は胸の辺りでギュッと握られてしまった。
「リリア王女様。失礼でなければ、カゼボまでエスコートしてもよろしいでしょうか」
僕はそんなリリアに向かって、左手を差し出した。
「すぐそこなんだから、大丈夫よ」
「いいえ。その僅かでもしたいんです」
「まぁ。ノエって変わっているのね」
リリアはそう言って、僕の手を取ってくれた。自分が変わっている自覚はある。けれどそれでリリアが笑ってくれるのなら、こんな自分を好きになれそうだった。
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