第2話 サビルース王国の王女
簡素なのはベッドだけではない。
鏡台と洋服ダンスは年頃の女性が使うようなデザインではなく、誰がどう見ても流行遅れの代物。その近くにある丸いテーブルには椅子が一つだけで、それもまたよく見ると傷だらけだった。
さらに窓へと目を向けると、カーテンは焼けて色が褪せてしまっている。壁紙もまた言わずもがな。
もしもここにお客様が来たら、使用人の部屋かと思うだろう。けれどここにはお客様など滅多に来ないのだから、これで十分だった。
仮にもてなすための簡易応接セットがあっても、虚しくなるだけだ。それなら、ない方がいい。
けれど部屋に置けない理由は他にもあった。私に回される予算が少ないのだ。使用人に支払うお金で精一杯なのに、贅沢なんて夢のまた夢。
しかもその使用人でさえ、私に好意的ではない者たちばかりなのだから、嫌になってしまう。
それでも私には、彼女たちを追い出す力がなかった。いなくなったら困るのは自分だし、“奴ら”に何を言われるか……。
だから彼女たちに、ぞんざいに扱われても文句は言えないのだ。
「痛っ」
エメラルドグリーン色の髪を引っ張られ、思わず抗議の声を上げる。汚れたままの鏡台には、私と
「我慢してください。国王陛下に会うのに、みすぼらしい格好で行くわけにはいかないのですから」
だったらもう少し丁寧に
「いくらリリア王女殿下が本城ではなく、この離宮に住まわれていても、です」
「分かっているわ」
だからっていちいち、声に出して言わなくてもいいのに。それもわざわざ厭味ったらしく私の名前の後ろに“王女”まで付けて……。
けれどこの侍女も離宮も、私が王女であるからこそ与えられたもの。本城に住めない私のために、父である国王と母である王妃が責務として、用意してくれたのだ。
だから彼女の主はお父様とお母様であって私ではない。
ここで文句の一つでも言えば、容赦なく告げ口をされた挙げ句、予算をさらに減らされ、侍女もいつしかいなくなってしまうだろう。
そしたら私は……一人に。独りぼっちになってしまう。色々と教えてくれた乳母は、もういないというのに……。
これなら一層のこと、ルートリの言うように、結婚相手を見つけてここから出ていくのもアリだと思った。
「っ!」
鏡台に映る私の顔が気に食わなかったのか、侍女がわざと櫛でエメラルドグリーン色の髪を引っ張った。けれど今度は声を押し殺す。
嫌味を聞くくらいなら、こんなの……どうってことはないんだから。
しかし鏡台に映る薄紫色の瞳は、少しだけ潤んでいた。
***
「はぁ〜。やっと終わったわ」
部屋から侍女が出た途端、扉の先に別の侍女でもいたのだろう。先ほどまで髪をセットしてくれていた侍女の声が聞こえてきた。
しかもこれ見よがしに言っているのか、部屋の中にいる私に聞こえるくらい大きな声で。
ニュアンス的にもいい話題ではないのだろう。彼女たちはこの離宮に配属されたことに、常々不満を抱いている者たちだったからだ。
きっとこの後、私の悪口を言い合うんだろうな。
分かっているのに、私はその場から離れず、むしろ扉に背を預けた。あんな彼女たちでも、誰かの声を聞いていたい。人恋しい気持ちがそうさせていたのかもしれなかった。
ルートリは
とはいえ、同じ人間である両親や兄弟たちは、もっと分からないけれど。
それでも侍女たちの気持ちは理解できた。
「お疲れ〜。全く精霊の愛し子だかなんだか知らないけど、面倒よね。ただの見捨てられた王女だったら、もっと楽だったのに」
「ほとんど仕える必要がないからね」
「だけどちゃんと世話しないと、両陛下に何を言われるか。下手したらクビよ、クビ!」
「でもさ、真面目に仕えていたところで、何もメリットがないのに、世話してやらなきゃいけないなんて……本当、何の罰ゲームよ」
「ハズレ王女を引いただけで、私もアンタも負け組なのよ。諦めな」
「はぁ~、やだやだ。私も本城に行きたいわ〜」
それなら私の代わりに行って、と言いたいがそれもまた無理な話だった。何故なら……。
「だいだい王妃様の子として生まれた王女なのに、夢見の精霊の愛し子にされただけで、この扱い。良いのか悪いのか、分からないわよね」
「実の子だって分かるほどに、他の王子や王女殿下と似ているのに、不貞の子だと国王陛下から疑われているんでしょう?」
「髪と目の色が違うからね」
「確か王妃様の髪は赤だっけ?」
「瞳の色だって青よ。国王陛下は髪も目も金色だけどね。リリア王女はそのどれも違うでしょう?」
「エメラルドグリーン色の髪に薄紫色の瞳だもんね。いくら精霊の愛し子って言われても、ハイそうですか、とはさすがにねぇ〜。国王陛下だけでなく、王妃様も受け入れられないのは無理ないわ」
思わず私は扉から離れた。自分の母親が王妃だということは知っている。父親である国王から不貞の子だと疑われていることも。それがルートリのせいだということも……。
だから汚れていても、鏡台を綺麗にしようとは思わなかった。鏡に映る自分の容姿が嫌いだったからだ。
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