精霊に愛されたハズレ王女~再会した幼なじみに溺れるほど愛される~

有木珠乃

第1章 精霊の愛し子の婚約者探し

第1話 夢見の精霊と愛し子

 光に満ちたきらびやかな白い空間に、緑が無数に生い茂っている。その中央にある水面の上にたたずむ、エメラルドグリーン色の髪の女性。いや、女性の姿をした精霊ルートリがいた。


 正確には、精霊に性別はない。けれどあでやかな長い髪と、スレンダーな体型なのに、妙に色っぽい切れ長の薄紫色の瞳のせいで、女性のように見えてしまう。


「よく来たな、リリア」


 けれど声は男性そのもの。この違和感がルートリを精霊だと思わせる。それと同時に、ここが夢の中だということも。

 何せルートリは夢見ゆめみの精霊。

 現実に実体化することは可能だけど、基本は夢の中にしか出てこない。それも気に入った相手のみ、自分の領域に招いては、こうして歓迎してくれるのだ。


 私はそれが嬉しくて、乳母に習ったカーテシーで挨拶をした。


「今日もお呼びいただき、ありがとうございます」


 相手が貴族でなくても、ルートリはさらにその上をいく上位存在。敬意を示すのは当然の行為……なんだけど、ルートリは眉をひそめた。


「いつも畏まらなくていいと言っているだろうに」

「そんなことはできません。ルートリにはいつも助言をいただいているんですから」


 気さくに話すことなんてもっての外だ。

 敬称を付けて呼ぶことをルートリが嫌がるものだから、呼び捨てにしているけれど……これだって、慣れるまで大変だったのだ。


 何せ私は、ルートリから助言をもらっている身。主に私に関することが多いけれど、内容は身近なものばかりではなく、もっと大きな助言も受けることがある。

 そのほとんどが百発百中で、助言というより予言に近かった。


 だから精霊という立場以外でも敬意を示したいのに、ルートリはそれさえも嫌がる。特に私がすると余計に不機嫌になってしまうのだ。


「それはリリアが辛い目に遭わないためにしていることなんだ。他の奴らは、そのおこぼれをもらっているに過ぎない。だから奴らにそう言われたとしても、私の前では普通にしておくれ」

「だけど……」


 言葉に詰まると、ルートリは手招きをするように手を振った。が、私はそれが何を意味しているのかを知っている。

 だってここは夢の中。夢見の精霊ルートリの領域であるため、すべて彼の意のままに動く。勿論、私の体さえも。


 ルートリの手に合わせて、体が宙に浮き上がる。すると、白いワンピースのスカートがふわりと広がった。腰に結われた水色のリボンもひらひらと揺れて、まるで妖精になったような気分である。

 そう、ルートリは私を喜ばせるのが上手い。私が沈んだ顔をすれば、こうしてあやしてくれるのだ。


 けれどそのまま下ろしてくれるわけではなく、ルートリの元へ行き、その隣に座らされた。そして上げられた手は、私の頭の上に。ルートリと同じエメラルドグリーン色の髪を、優しく撫でられた。


「リリアを粗末に扱う連中のために、私のご機嫌取りなどしなくていい。まぁ、リリアがしたくてしているのなら、有り難くいただくが?」

「っ! 勿論、ルートリの機嫌が良くなるなら、いくらだってしますよ。あっ、助言がほしいからじゃなくて、ルートリは友達だから。いつも笑っていてほしいんです」

「う〜ん。いつもにも増して、リリアは可愛いことを言うな。心が清らかで澄んでいるのも私好みだ」

「へへへ」


 思わず嬉しくなる。ここでは誰も、下品な笑い方だと言われないから尚更だ。


「だからもういい頃合いだろう」

「何がですか?」


 ルートリが唐突に理由の分からないことを言うのは、いつものことだ。そう、これが通常運転。だから私は気にせずに尋ねた。


「リリアは今、いくつになる?」

「十七歳です」

「確か、人間の結婚適齢期はだいたいその頃だと聞いた」


 えっと、誰に? とは愚問だ。私よりも何百年と生きているルートリに聞いたところで、いつの時代の誰、となってしまうからだ。


「適齢期というより、結婚できるのが十八歳なので。つまり、来年ですね」

「そうか。やはりこれくらいだったか」

「ルートリは人間の結婚に興味があるんですか?」

「いや。でもリリアの結婚には興味があるよ」

「私の?」


 有り得ないわ、と思わず現実世界の自分を見て、内心否定する。しかしそれさえもルートリにはお見通しだった。


「こういう反応をするから、ますます心配になるんだよ」

「そう言われても……結婚は無理だと思います」

「ふむ。だったらこれはどうだ。リリアの結婚相手を探せと、奴らに言うんだ。いつものように、私から助言を受けた、とな」

「まぁ!」


 私はルートリと同じ薄紫色の瞳をパチクリさせた。


「嘘はいけませんわ。それにこれは幸いだと、酷い人のところに嫁がされるかもしれません。でしたら、今のままで十分です」

「大丈夫だ。言っただろう。私からの助言だと」

「え? でもさっきのは……まさか本気なんですか? 嘘ではなく」

「精霊は嘘をつかないんだよ、リリア」


 あっ、そうだった。私ったらそんな基本的なことも忘れてしまうなんて……。


「でも私はこんな人間だから、誰も結婚したがらないと思います」


 夢見の精霊ルートリに呼ばれるほどの人間だけど、私は精霊士ではない。所謂、愛し子と呼ばれる存在だ。


 だからルートリのいう“奴ら”に奇異の目で見られている。いや、邪険の間違いかな。

 ルートリのお陰で表立った嫌がらせは受けていないけれど……“奴ら”に目をつけられたくない者が多い。だから、進んで私に関わろうとする奇特な人などいないのだ。


「いや、確実に一人はいる」

「っ! 本当ですか?」

「あぁ。だが、念の為に聞くが、今の発言は本心か?」

「はい! ここで嘘をつく理由はありませんから」


 するとルートリは、私の頭を撫でながら盛大なため息を吐いた。


 何故?


「相変わらず報われない奴だな」


 私のこと? いや、ルートリは私のことを奴呼ばわりしない。けれど“奴ら”を指しているわけでもなさそうだった。


 では一体誰が、と首を傾げると「そこは聡いのにな」と言われ、ますます分からなくなった。だが、ルートリは教えてくれるつもりもないらしい。

 私はそのままルートリの領域から弾き出されるように、現実世界で目を覚ましたからだ。


「おはようございます、リリア王女殿下」


 するとまるで待っていたかのように、侍女がベッドの脇で頭を垂れる。


 しかしそのベッドは装飾が施されたものでも、天蓋がついているものでもない。一国の王女に似つかわしくない、簡素なベッドだった。

 シーツも柔らかくなく、ふかふかだってしていない。一つでも可愛いところがあればいいのだが、それさえもないのだ。

 時々、本当に自分が王女なのか、疑ってしまうほどだった。けれどこうして侍女が世話をしてくれるのだから、一応、王女なのだろう。


「本日は国王陛下との謁見がありますので、早速ですが取り掛からせてもらいます。よろしいですね」


 有無を言わせない侍女の声に、再び自分が王女なのかという疑問が脳裏を過った。

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