第3話 まずはホイップ探しから

『魔法少女きゃらめる』私達の世代が子供の頃に流行ったアニメ。中学の時に再放送があって、水谷川と一緒にハマって見ていた作品だ。

主人公はドジでおっちょこちょいな「きゃらめる」という女の子。彼女は魔法少女になるために必死に努力をするが、中々夢は叶わず諦めてしまいそうになる。そこに妖精見習いのタルトが現れ、共にバディを組み、きゃらめるは無事見習いの魔法少女になる。そこから仲間を増やし、敵を倒し、立派な魔法少女を目指すというのがこの作品の流れだ。


「だからね、演劇サークルに誘うべきは魔法少女きゃらめるで例えるところのホイップといちごと紅茶の3人なんだよ!」

今は昼休み。小野の熱弁を聞きながら私は母が作ってくれたお弁当を食べている。

「あのさ…。そのこだわりよくわかんないんだけど、そんなに好きなの?魔法少女きゃらめる」

「あったりまえじゃん!!ファンブックも画集も持ってるぐらい好きだよ!!」

「めっちゃ好きじゃん。でも好きだからって普通そんなにこだわる?関係なくない?」

「はぁ~わかってないねぇ。狛江ちゃん。きゃらめる達のあの力強い絆を覚えてる?あのメンツを集めたら絶対に成功するってことなんだよ。だからあれは絆の教科書なの」

「絆って…。私仲間になったつもりないんだけど」

「まぁまぁ。例え例え。で、この3人についての詳細を原作者の先生がファンブックで語ってるんだ。まずは1人目に仲間になるホイップ。先生によると…」

そういうと小野は私の弁当を隅にどかし、目の前にファンブックを広げる。いや持ってきたのかよ。

ファンブックは幼い子供が喜びそうなキラキラピンクの表紙のぶ厚い冊子で、本文の全ての漢字にふりがながふられていた。

『まずはホイップ。周りとあまり馴染めない性格で、名前が1人だけカタカナなのもあえての設定です。私は1人でいいという彼女が友達を作る姿が見たかったんですよね。周りにいじめられ、人を敵対視しかしていない彼女の成長がみたくて』

「なるほど…。確かに私、ホイップのこと好きじゃなかったな」

「ツンケンしてて嫌な感じって最初は思うよね。でも仲間になった彼女はまとめ役っていうか、すごいしっかり者で魔法少女パーティの支え役になるんだよ~。それが超かっこよくて!」

「それで?その…ホイップ担当?には、心当たりあるの?」

「あったりまえじゃん!!まず名前が周りと違う感じの…。芸能人みたいな名前の子!そんで、ツンケンしてて一人でいる子!」

「そ、そんなドンピシャな子がいるんだ…」

「いや、この学校来たばっかりの私が知っててなんで狛江ちゃんが知らないのよ。ここまで言ったらわかると思ったんだけどなー」

そう言うと小野は特定の人間に視線を向けた。私も頑張ってその視線の先を見る。

そこには女子達に囲まれて1人席に着く生徒の姿があった。周りの女子の顔は険しく、当の本人はスマホをいじり無視を決め込んでいる。まるで私の態度が悪くなった版のような子だった。

「えっと…誰?」

「えぇぇ!?仮にも1年一緒だったんだよね?」

「いや…あんまりクラスに興味ないというか…」

「まぁいいや。あの子はね、蒼乃亜あおいのあ。めっちゃ芸能人みたいな名前でしょ?他の子から話を聞いたんだけど、中学の時の異性間のトラブルが原因で『女子の敵』ってあだ名があるらしい。見た目も小柄の可愛い系だし勘違いされやすいみたい」

「うぇ…。かわいそうに」

「当の本人に会話を試みようとした子が、感じの悪い態度で突っぱねられたらしくて。だから、ちょうどよくホイップちゃんに該当すると思うんだよねー」

「え、そんな子勧誘しちゃうの…?」

「なんで?」

「いやこっちのセリフ。だって協力して作ってくものなんでしょ?演劇って。そんな子が入ったって、問題起こすだけじゃない?」

「わかってないねぇ。狛江ちゃん。そんな態度する子にはそんな態度の理由があるんだよ」

そう言って小野は真っ直ぐ蒼の方へ歩いていく。

「えぇ…私はついてかないからな…」

「どうもー。こんにちはー」

小野が蒼の横に立って声をかける。小野の行動にビックリしたのか、とり囲んでいた女子達はまるで鳩のように去って行った。当の蒼はというと、ワンテンポ遅れて小野を見上げる。その顔は真顔だった。

「蒼乃亜ちゃんだよね?名前可愛いって思って話しかけちゃった」

「…どうも~」

蒼はひとつ間を空けて、無理矢理な笑顔を作り返答する。

「あ、私小野夏織。よろしくね」

「うーん」

そう返答すると、彼女は会話の途中だというのにスマホに向き直ってしまった。

めげずに小野は話しかける。

「でさ、急なんだけど蒼ちゃんは演劇とか興味ない?」

「なーい」

「演劇サークル入らない?」

「入らなーい」

すっげぇ態度。これは人を敵に回すわ…。

適当に返事をされた小野は、イライラを顔面に張り付かせて席に戻ってきた。

「あの子むかつく!!話すらしっかり聞いてくれない!!」

ほっぺをぷくーと膨らませる小野。ハリセンボンだ。

「いや...最初からわかってたことじゃん。やっぱりやめなよ。あの子誘うの」

「いや!誘う!私は負けず嫌いだからね!絶対に入りますって言わせてやる!」

そう頑なな決意を見せた小野は、何やらノートを取り出し作戦を練り始めた。

その姿を見て私は思う。もしかして、私の時にも作戦とか立ててたのかなって。


午後の授業も終わり放課後。周りが一斉に帰りの準備をする中、隣の席の小野は授業中から今までずっとノートに何かを書いている。

もしかしたら夢中すぎて授業が終わったことに気づいていないのかもしれない。

「お...小野?授業、終わったよ…」

後ろから声をかけてみるが中々気づいてくれない。それどころか鉛筆を走らせる勢いは増すばかり。

「お....の!」今度は少し大きな声で再度呼びかけてみたけどこれも失敗。

どうしよう。このまま知らないふりで帰ることもできるけど…。できるんだけど…。

私の全身に力が入る。拳はどちらもいつの間にか握っていた。

鼻から空気を吸い大きな声を出す準備をする。このまま帰るのはなんか見捨てたみたいで嫌だ!

「お「できたーーーー!!」

私の渾身の大声は息となり消えていく。いきなり立ち上がって大声を出した小野に驚き後ろにひっくり返ったからだ。

一斉にクラスメイトが小野を見る。そして後ろで派手にすっ転ぶ私にも視線が集まった。

「ん?え、狛江ちゃん?どしたの?」

「…どうもしてない」

「どうもしてないならいいや。そんなことより!できたよ!蒼乃亜をとっ捕まえる作戦が!」

恥ずかしくて起き上がれない私の顔を覗き込みながらニコニコの笑顔でノートを見せる小野に私は「そう…」としか返すことができなかった。


第3話「まずはホイップ探しから」終わり



































































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狛江朝顔は過去のトラウマから友達ができない《火曜日夜更新》 芦舞 魅花 @allegro

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