第2話 演劇サークル

「私ね、演劇サークルを作りたいの!絶対に!だから協力してほしい!」

私と変わらない身長を少しかがませ、上目遣いでお願いをしてくる小野夏織に私は眩暈がしそうになる。誰かと目を合わせて会話するのは何年ぶりだろうか。

「私さ、転校するまで子役事務所入ってて」

返答に困っていると彼女は何やら話を始めた。

「全部人生そこにかけてきたから、部活とか習い事とか他のやりたいこと全部してこなかったの。でもそこ辞めて転校もしたから何か新しいことしたいわけ!」

「で…演劇サークル」

「そう!お芝居はしたいから、仲間集めて演劇サークル作ろうと思って」

仲間という言葉に私は反応する。私の一番苦手な言葉だから。

「じゃあ絶対私じゃないよ。勧誘する相手間違えてる。この学校可愛い人たくさんいるし、絶対私じゃないから」

「なに言ってるの!さっき書いてた絵。あれオリジナルでしょ?何かを生み出せる人が、演劇の脚本家をするべきなんだよ」

「脚本…」

「そう!シナリオ書く人。既存の話じゃなくて、集まった仲間だからこそのオリジナルを作るのが、やっぱり高校演劇の醍醐味だと思わない?」

また、仲間。

「私演劇とか詳しくないし。そもそも、その、仲間とか…。苦手だから無理」

「そう難しく考えないでさー。あ、そうだ。協力!協力って形でいいから!」

「だから仲間とか苦手なんだって!!!」

仲間。その言葉が私をイラつかせて消えてくれなかった。そしてついに彼女に怒鳴ってしまった。

怒鳴り声に集まるクラスの視線が痛い。前髪を伸ばして周りを無視するようになってから、私の身体は視線のセンサーがついたみたいだ。誰に見られてるとかなんとなくわかる。気持ち悪い。

狛江朝顔という存在がクラスの厄介者になっているのは重々承知だった。だってこの1年間自分で仕向けてきたから。話しかけてくれた子を無視した。クラス全員参加のスポーツ大会を無断欠席した。これも全部友達を作りたくない為に行動してきた。

そんな厄介者が転校生に向かって怒鳴っている。これは10:0で小野夏織に味方が付くだろうな。

いや、自分の肩を持ってくれる味方が欲しいというわけではない。今までの行動も全部嫌われるためのものだったし。

ただ人に嫌われるというのは、望んでいたとしても心に傷がつくものなのだと無口になった日からなんとなくわかっていた。今までしてきた嫌われるための行動すべてが苦しくて苦しくて仕方なかった。


「狛江ちゃんはさ、魔法少女きゃらめる見てた?」

突っ立ったまま床を見つめていると、小野夏織は真面目に問いかけてきた。

「狛江ちゃんが書いてたあのキャラクター。オリジナルってのはわかるんだけど、魔法少女きゃらめるの主人公に似てたから、知ってるかなって思って」

「…」

「あの絵を見て、狛江ちゃんはお話を作ることとか好きそうだなって思ったの。本当に直観だけど、この人は今までお話をたくさん考えてきた人なんじゃないかなって。そう思って運命感じちゃって、ついテンションあがっちゃって…。ごめん。あ、でも忘れてとは言わないから、この件は考えといて!」

そう言い切ると彼女は席に座って前を見た。その様子を見ていた外野数人はそそくさと近寄り「大丈夫だった…?」と彼女に声をかけている。

その様子を見て、私の心がピリッとした。


帰宅して制服のままベッドに寝転ぶ。勢いに任せてボフンと。

今日の事を思い出す。小野夏織は、私に気を使って話しかけてくれた感じはしなかった。彼女の言う通り本能で話しかけてきた。本当にそんなかんじがした。

小野夏織の真面目なトーンで話された言葉は、私にとって間違いなく図星だった。今まで水谷川とたくさんのお話を考えてきたし、創作ノートだってスケッチブックの落書きなどを含めたら20冊以上あったと思う。そのほとんどが魔法少女きゃらめるの模写で、それぐらい私達は創作も、魔法少女きゃらめるという作品も両方大好きだった。

主人公のきゃらめるちゃんにアーシャが似ているのも正解だ。アーシャはきゃらめるちゃんをモチーフで考えられている。今日私が書いた落書きもとてもきゃらめるちゃんに似ている。

「演劇サークル」

ぼそっと呟いてやっぱりないと目をつぶる。

でも、この言葉に希望を少し感じてる。友達とか仲間とか欲しくないのに、これ以上傷つきたくないとか自分を蔑ろにしたくないとか真反対な望みを持ってしまっている自分が「演劇サークル」に可能性を見出している。

ここでどう選択するか。それでこれからの人生が決まってしまう気がして、決断を出したくない心が焦った。


次の日私はいつも通り登校する。

クラスの視線がいつも以上に冷たくなっている気がするけど、そんなものお構いなしだ。私は今日、絶対に遂行しなければいけない任務があるのだから。

「夏織ちゃんおはよう」クラスの1人が教室に入ってきた小野夏織に歩み寄る。その様子を、私は前髪カーテン越しに覗いていた。

「おはよう」と周りに明るく返答し、彼女は自分の席に歩いてくる。彼女が近づくにつれ、私の心臓の音が早くなる。

小野夏織に話しかける。これが私の最初にやるべきこと。人に話しかけるとか久しぶりすぎて全くタイミングがわからない。私は、手元にある『創作ノート』を持つ手を少し強め良きタイミングを見計らった。

「あの…「おはよう」

小野夏織の元気な挨拶に私の声がかき消される。これは話しかけたのではなく引き分けなのではないだろうか。

「どうかな?演劇サークル。前向きに考えてくれた?」

「えっと…。その…」

「あ、すぐ答えを出そうとしないでいいからね。めっちゃ考えて結論出してい「これ!あげる!」

私の意を決した発言は彼女の言葉に乱入する形となってしまった。

会話をまともにしてこないとこんなにも間を考えられなくなるのか…。大反省。しかしこの勢いのままいくしか私に道はない。

「友達と作ってた創作ノート。あげる。これ参考にしていいからこれで脚本作って」

目は合わせず、勢いのまま言葉を発し、席に向き直る。

これが私の出した答え。創作ノートだけ渡すという答え。

脚本は考えてあげられないけど、参考程度なら協力してあげることはできる。演劇サークルに脚本の協力をした。それだけのこと。これが私の考えたお互いの理にかなった一番ベストな答えだった。

小野夏織は渡されたノートを受けとり静かに目を通す。ほぼ魔法少女きゃらめるのパクリでしかないこの話を見て彼女は何を思うのだろう。

「…なるほどね。演劇サークルに脚本だけ参加して狛江ちゃんは参加しないわけだ」

「そ…そう。それが一番、あなたのためでもあって…私のためでもあるから…」

「ふーん。じゃあ却下」

パタリと閉じられる創作ノート。あっさりした返答に私は思わず彼女の方を勢いよく振り向いてしまう。

「だって脚本に参加してほしいわけじゃなくて、狛江ちゃんに参加してほしいんだもん。だからその答えなら絶対に却下」

なんだこのわがままなやつは。フル無視で返事をしないこともできたのに、わざわざいい答えを見つけて大切な創作ノートだって見せたのに。私は相変わらず声が出ず、顔だけで気持ちを表すしかできなかった。

「狛江ちゃん。魔法少女きゃらめるの登場人物って覚えてる?」

「えっと…」

「主人公のきゃらめるちゃんは、1人でそつなくこなすタイプじゃないんだよ。だから最初はお助けキャラのタルトって妖精と2人で協力して魔法少女の任務をこなしてくの」

「は…はぁ」

「だから私もね、魔法少女の追加戦士をいきなりほしいと思わないの。もっと身近で共に基礎を固めてくれる妖精さんを勧誘したいの」

「もしかしてそれって…」

「そう!それが狛江ちゃん!」

「…ぷふっ。変な例え」

さっきまでイラついていたのに。笑ってしまった。ギリギリ意味のわかるようなわからないような例えを大真面目な顔で話す彼女につい笑ってしまった。

数年ぶりの笑いに自分でもびっくりして笑いながら目を見開く。うわ、今絶対変な顔になってる…。

「え。今の例えめっちゃいいと思ったんだけど」

「いや。意味はわかるんだけど…」

「っていうか笑った!狛江ちゃん笑わないですってかんじなのに笑った!これ私の勝ちでいいよね?」

「え、勝ち?何が勝ち?よくわかんないんだけど…」

「えぇ…。と、とにかく!私は狛江ちゃんがいいの!演劇サークルのメンバー第一号は狛江ちゃんなの!絶対に!」

「え…第一号はあなたじゃ」

「私は創設者だから第一号とかじゃないんだよ。ていうかあなた呼びやめてよね。せめて小野にしてよ」

「創設者って…プフフ」

「あ!また笑った!」

なんだか懐かしい。笑ったのが懐かしいのか、会話していることが懐かしいのか、よくわからなかったけど…。でもこれだけは言える。水谷川と話してるみたいだって。

「仲間とか苦手って言ってたじゃん。だからね仲間とか思わなくていいよ。昨日も言ったけど協力者って関係でいい。演劇サークルとして目指したいのはコンクールとかじゃない。今年の秋の文化祭での披露。それだけ。それ以降は続かなくてもいいから。だからね、秋まで私の協力者になってくれない?」

小野夏織。最初は勢いだけのふざけた子だと思っていた。でも彼女が見せる真面目な顔には芯がある。ついていきたいと思わせられる。

そして何より、雰囲気が水谷川に似ている。失った親友の姿を重ねている自分が正しいのか間違いなのかはわからないけど、今ここでの選択が人生を変えるというのはわかる。

「今嫌だって断ったらどうするの?」

「そしたら明日も明後日もそれからもずっと勧誘し続けるよ」

小野は真面目な顔で私をみつめていた。


「…わかった。協力する」


第2話「演劇サークル」終わり









































































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