第26話 二度の過ち

 それから半年後ーー俺はれのちゃんと結婚した。そして彼女との間には子供も無事に生まれることになり、幸せな日々を送っていた。子供が生まれてからは育児に追われる日々が続き大変ではあったが、それでも毎日楽しく過ごすことができた。しかし、そんな幸せな時間というのは長くは続かなかった……。


 ある日のことーー突然れのちゃんが倒れたのだ。急いで病院へと連れていったところ、医師から告げられた言葉は、あまりにも残酷なものだった。


「非常に言いづらいのですが、星宮さんは子宮癌を患っています。進行が早く、残念ながら手術や抗がん剤治療では治りません。余命は6ヶ月ほどでしょう」


 それを聞いた瞬間ーー目の前が真っ暗になったような気がした。れのちゃんを見に行くと、彼女は病院のベッドの上で力なく横たわっている姿が目に入る。そんな様子に俺は涙が出そうになるが、必死に堪えて彼女に話しかけた。


「星宮さん……大丈夫?」


 すると、彼女は弱々しく微笑んで言った。


「はい……大丈夫です……」


 そんな彼女の姿を見て胸が締め付けられるような思いになる俺だったが、それでも何とか冷静さを保つ。そして彼女に言った。


「星宮さん……俺が必ず君のことを守ってみせるから」


 しかし、彼女は首を横に振るとこう言った。


「私のことは気にしないでください……私はもう長くありません……だからどうか、自分のことを第一に考えてください……」


 そんな彼女の願いに対して、俺は首を縦にふることはできなかった。そこで俺は改めて自分の意思を伝えることにした。


「俺にはれのちゃんしかいないんだ! だから頼む! 最後まで俺の側にいてくれ……!」


 そう言って彼女の手を握り締めると、彼女は目に涙を浮かべながら微笑んでくれた。そしてーー小さく首を縦に振るとこう言った。


「坂柳さん……私、幸せでした……」


 一言呟いて彼女は静かに目を閉じた。


 俺はそんな彼女の手を握り締めたまま、いつまでも泣き続けたのだったーー。


 あれから6ヶ月の時が経ち、れのちゃんは息を引き取った。葬儀には多くの参列者が訪れて彼女を見送ることになった。やがて全てが終わると、俺は1人帰路についたのだが……そこで偶然にも隆介と出会ったのだ。彼は俺の顔を見るなり話しかけてきた。


「よっ、日向」

「隆介か……」

「元気ねぇな。なんかあったのか?」


 その問いかけに俺は答える。


「まあね……」


 そんな素っ気ない返事をする俺に、隆介は不思議そうな顔をして言った。


「どうしたんだよ……お前らしくないぞ」

「……悪いけど今は一人になりたいんだ。また今度話そうぜ」


 そう言って立ち去ろうとするのだがーーそんな俺の腕を隆介が掴んできた。そして彼は、真剣な表情を浮かべるとこう言った。


「待て。何か悩み事があるなら相談に乗るぞ……」


 その言葉に対して俺は悩んだものの、結局話すことにしたのだった。


「実は……彼女が亡くなったんだ」


 それを聞いた瞬間ーー隆介は言葉を失ったようだったが、すぐに気を取り直して言った。


「そうか……それは辛かったな……」


 その反応に対して、俺は思わず聞き返す。


「それだけなのか……?」


 そんな俺の問いかけに、彼は頷いて答える。そして続けた。


「ああ……俺もよく知ってるからな。大切にしていた人物が亡くなったときの気持ちは……」

「これから育児を俺一人で出来るかどうか……」

「はっ? 育児!? 育児ってなんだよ!?」


 予想外のことに驚きを隠せない隆介に対して、俺は事情を説明した。


「実は……半年前に彼女と結婚したんだ。それで、子供もいる……」


 それを聞いた瞬間ーー彼はさらに驚いたような表情を浮かべると、大声で叫んだ。


「お前……結婚してたのか!?」


 そんな反応に対して俺が頷くと、今度は頭を抱えて悩み出した。そしてしばらくするとーーようやく落ち着いたようで再び話しかけてきた。


「……それで? その子供は今どこにいるんだよ?」

「彼女の両親が抱っこしながら、彼女の葬式に来てる」

「なるほどな……それでこれからどうするんだ?」

「彼女と約束したから、その子のことは俺が責任をもって育てるよ」


 その宣言に対して、隆介は感心した様子を見せた。そして一言呟くように言った。


「お前ならきっと出来るさ……」


 そんな彼の励ましの言葉に俺は思わず泣きそうになってしまったが、なんとか堪えて笑顔で答えたのだったーー。


 それから更に2年後、俺は子供を連れて散歩に出かけることにしたのだがーーそこで偶然にも、れのちゃんの母親と出くわした。


「あっ、こんにちは……」

「こんにちは。日向くん、一人で子育てするの大変じゃない? 私たちに遠慮なくなんでも言ってね」

「あ、ありがとうございます……」

「パパ、この人たち誰? りの、この人たち知らない」

「パパの知り合いだよ」 


 2歳になった俺たちの子供ーー坂柳りのには、れのちゃんが亡くなったことはまだ言っていない。そのため、俺とれのちゃんのお母さんが話しているところを見ても不思議そうにしているだけだった。


「それじゃ、俺たちはこれで失礼しますね」


 そう言って俺たちはその場から立ち去った。


「また俺は……大切な人を救えなかった……」


 思わずそう呟いてしまう俺に対して、りのは不思議そうに聞いてきた。


「パパ? どうしたの……?」

「いや……なんでもないよ」


 そんな会話を交わしながら俺たちは家路につくのだったーー。


 ちなみに信楽湊は、もうこの世にはいない。おそらく橘琴葉が生きていないことを知ったのだろう。一年ほど前、彼は……橘琴葉が自殺した場所で同じ死にかたをしたのだそうだーー。


―――――――――――――――――――

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

10万文字は書けませんでしたが、なんとか完結させることができました。

読者の皆様、次回作に期待して待ってくださると嬉しいです。

それから……コミカライズ化の打診がくればいいな~と思っています。

話が脱線してしまいましたが、今後の活動を支えてくださると幸いです。


以上! 「『推しの声優』が隣の部屋に引っ越してきた!?」


作者、髙橋リンからでした!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しの声優が隣の部屋に引っ越してきた!? 髙橋リン @rin0419

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ