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 朝が来た。

 全てを思い出した。

 ……思い出して、しまった。


 一日遅かった。思い出すのが、ほんの一日遅かった。彼に会う前に思い出せていればよかったのだから、数時間前でもよかった。本当にそれくらいの誤差だった。

「なんで、」

 涙が、嗚咽が、後悔が、止まらない。神様がいるのならどうしてこれほどまで私を苦しめるのかがわからない。

 昨夜会った彼は、……翔は、私の恋人だった。

 家族を除けば一番、いや家族と並んで「一番」に挙げられるくらい、大切にしたい人だった。家族になりたくて、なる未来がもう用意されていた人だった。あの日だってちょうど、私の家族に婚姻に関する挨拶に行っていたのだ。

 10月31日、ちょうど世間ではハロウィンだ何だと騒ぐようなその日に、お母さんは泣いて喜んでくれた。お父さんはちょっと寂しそうな、それでいてその何倍も嬉しそうな顔で「おめでとう」を伝えてくれた。妹は「幸せになってね」とはにかんでくれた。そんな家族と対面して感極まっている私の隣で、翔は照れくさそうに頬をかいていた。今でも鮮明に覚えている。……ついさっきまで翔のことは思い出せなかったから、ずっと覚えていたかと聞かれたら嘘になるけれど。それでも、かけがえのない記憶だった。


 それなのに、私は思い出せなかった。

 彼に「愛してる」の一言さえも伝えられなかった。


「ほんとバカだなぁ、私」

 あの時離席していなければ、私も一緒に死ねたのに。……こんなこと言ってしまったら、みんなに怒られてしまうだろうけど。

「……置いてかれたからって、忘れちゃいけなかったのに」

 忘れちゃいけなかった。誰よりも、私が。それなのに、今日までずっと記憶に蓋をしてしまっていた。その事実がどうしようもなく私の胸を刺してくる。

「どうして私だけ、生きてるんだろう」

 生きている意味なんて、何一つないのに。どうして、どうやって今まで生きていたのか、なんてもうわからなくなってしまった。まるで去年の今頃の心情が帰ってきてしまったみたいだ。カウンセリングと抗うつ剤、会社をはじめとした様々な人の協力で必死に直したあの頃の感情が、あの日見た惨状が、鮮血が、何もかもがいとも簡単に甦ってくる。発狂して泣き出して逃げ出せれば、どれほど楽だかわからない。

 もう私は、幸せになるべきじゃないのかもしれない。

 そう考えたら早かった。去年に購入していた縊死用のロープを天井の適当な場所にくくりつける。丁寧に結われている縄と縄の間の穴に首を通す。

「ごめんね、翔。私、あなた以外と幸せになれる気がしない。……愛してるよ」

 半ば自暴自棄な空虚へのラブコールを最後に、椅子を蹴飛ばす。

 ああ、もし死の先があっても、きっと私は地獄に行ってしまうのだろう。もう二度と会えないのかな。……それはちょっと、嫌だな。お母さんもお父さんも、こんな娘でごめんなさい。どうかみんなだけは、幸せでいてほしい。


 0時の鐘で途切れた魔法の続きは、私が愛していた魔法御伽話の続きは、どうやらもう二度と訪れないらしい。

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鐘が鳴るまでは、どうか 萬宮 @mamiya_VowoV

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