第2話


 いつもうまくいくってわけではないけれど、二回に一回くらいは靴にくっつける。

 でも、靴の寝床があるお家に行くのは、そう簡単なことじゃない。

 何度靴にくっついても、なかなか寝床に辿りつけないの。

 もう、何十回も空振りをしてる。

 実は昨日、ついに寝床に行けたの。

 だけど、そこはとにかく臭くて、空気が淀んで、狭苦しくて、吐きそうだった。

 靴から離れられるようになったら、少しでも広い所へ、少しでもいい空気の所へって、ヨロヨロと歩いた。

 次に寝床の扉が開いた時、扉が巻き起こす風に乗って外へ飛び出した。「ああ、天国!」って思った。

 そのくらい、ひどい寝床だったの。

 だから、寝床に行ければそれでいいんじゃないって、気づいた。

 最高の場所に行って、地に足をつけて、踊りたい。

 そんな夢に、なかなか手が届かない。


 ふわふわと風に流されながら、道行く人の洋服を避けるために、バタバタと手足を動かした。

 こんなダンスは、もう嫌だ。

 楽園みたいなところで、もっときれいな、お姫様みたいなダンスを踊りたい。

 ――バタバタバタ、バタバタバタ――

 あっちのお姉さんの足がいい。

 ああ、でも、失敗。

 なんでこんな時に、ビュウって強い風が吹くんだよ。

 ああ、あの男の子だ。あの男の子が、ビュン、ってボールを蹴るみたいに、足を動かしたからだ!

 そこにボールなんて、ないのにさ。いったい、何を蹴ったんだよ、もう。

 ああ、でも、もしかして……。

 人間にあたしたちのことが見えないみたいに、あたしたちに見えなくて、人間には見えるものって、あるのかな。

 あの男の子は、実は本当に、何かを蹴っていたりとか、するのかな。

 

 あたしが次にピトッとつきたいと思ったのは、お兄さんの足だった。

 ピカピカの黒い靴。きっと、毎日磨いてるんだと思う。

 あんなに丁寧に磨く人なら、靴の寝床だって綺麗なはずだ。

 ――ピトッ――

 よし! こんどはちゃんと、くっつけた!

 いい寝床に、行けますように!

 

 だけど、あたしは寝床に行けなかった。

 お兄さんは、靴を丁寧に扱うけれど、靴を靴の寝床に寝かせる人じゃなかったんだ。

 玄関に、揃えておくだけ。

 これじゃあ、ダメだ。

 地獄じゃないけど、天国でもない。楽園でもない。ただの、ちょっと快適な場所だ。


 あたしは、何度も何度も、挑戦を繰り返した。

 そして、何度も何度も、失敗した。

 心がもう折れかけて、とっても重たくなった。

 心が重たくなったからなのか、風に吹かれてもうまく飛べなくなった。

 靴の寝床が最高の場所って知らなければ、こんなことにはならなかっただろうな。

 こんなことなら、知りたくなかったな。

 ただ、風に流されて、ふわふわと生きていたかったな。

 ――くるるん、ピトッ――

 ぼーっとしていたら、あたしはいつの間にか、ゆっくり歩く足にくっついていた。

 その足の主は、おばあちゃんだった。

 ゆっくりゆっくり歩く足のつま先で、あたしはゆらゆらと心地よく揺られながら、世界を見た。

 足が痛いのかなぁ。腰が痛いのかなぁ。

 なんでこんなに、ゆっくりなんだろう。

 

 突然、歩みが止まった。

 あたしは、どうしたんだろうって思って、おばあちゃんを見た。おばあちゃんは、実がなっている木を見上げていた。

 しばらく見つめて、「ふふふ」と優しく笑うと、また歩き出した。なんだ。実を取るとか、そういうことはしないんだ。ただ、見つめるだけなんだ。

 おばあちゃんは、家に帰ると、「ただいま」って言った。返事はないけれど、そんなことは当たり前みたい。

 靴を脱いで、埃をはらう。そして、靴の寝床の扉を開けた。

 わあ、やったぁ!

 このおばあちゃんは、靴の寝床に靴を寝かせてくれる人だ!

 でも、まだ安心はできない。だって、この先に地獄みたいな世界を作る人も、いるからね。

 心臓が、バクバク鳴る。いったい、どんな寝床なんだろう。

 おばあちゃんは、小さな箒を手に取ると、寝床の中をサッサッと掃いた。それから、うちわでパタパタと風を送る。

「今日も一日、ありがとうね」

 言いながら、あたしがくっついてる、今日はいた靴にお礼を言って、そぅっと寝床に靴を寝かせた。



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