風に舞う妖精

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話


 あたしは、妖精。

 あたしたちのことは、人間の目には映らない。

 でも、あたしの気配を感じることができる人が、この世の中にはいるみたい。

 ときどき、ふと、気づかれたって感じることがある。

 だけど、目に見えないからか、捕まえられたことはない。


 人間にも、使う言葉とか、肌の色とか、いろんな違いがあると思う。

 実はね、妖精にもいろんな違いがあるんだ。

 体の大きさがバラバラだったり、羽があったり、なかったり。

 あたしは羽が欲しかったけれど、残念なことに、羽はない。

 まぁ、仕方がないよね。そういうふうに生まれちゃったんだもん。

 ないものはない。生えないものは生えない。そう、受け入れるしかないんだ。

 

 あたしには羽がないけど、空は飛べる。

 小さくて軽いから、ふわふわと風に乗ることができるんだ。

 まぁ、物は言いようってやつでさ、本当のところは、いつもいつも風に飛ばされてるってだけなんだけどね。

 そんな、ふわふわと風に乗って移動するあたしたちには、ひとつ、気をつけないといけないことがある。

 それは、人の服についてはいけないってこと。

 あたしたちは、何かにくっつくと、何時間も離れられなくなっちゃうの。

 別に、ねばねばした何かを出したりしているわけじゃないんだよ?

 だけど、なんか、ピトッてくっついちゃうんだ。

 これは、たぶん、遠くに行きすぎないようにって、体が進化したからなんだと思う。

 世界に比べて、自分たちが生きられる世界は狭いから。だから、生きられる場所から出ていくことがないようにっていう、体の抵抗なんだと思う。

 こんな体だから、服にくっついたまま洗濯機に入れられちゃうことがある。そんな時、逃げられないから、ただ目を回すしかない。目を回すだけで済んだらいい方だ。怪我をすることだってある。


 ふわふわと風に乗りながら、「あ、服についちゃう!」って思った時は、手と足をバタバタさせる。

 そうしたら、ちょっとは進む先を変えられる。服以外なら、だいたい何とかなる。

 髪の毛とか身体とかなら、ゴシゴシされて、水に流されるだけ。そのくらいなら、耐えられる。

 カバンについたら、けっこうラッキー。離れられるようになるまで、じっとそこにいればいいだけだから。

 それでね。一番いいのは、靴につくこと。

 あたしはまだ、行けたことがないんだけど、靴には靴専用の寝床があるらしいの。

 前に、靴の寝床に行ったことがある妖精に、話を聞いてみたことがある。

 その妖精は、『最高の場所だった』って、言ってた。『あの部屋には、風がないんだ。風がないって、素晴らしい。あそこは、楽園だ!』って、言ってた。

 その場所にいる間に体がぽろんと取れるから、そこへ行けば、あたしたちもそこで眠ることができる。眠り続けることができる。

 憧れる。風のない世界に憧れる。

 だって、風のない世界って、すごいんだ!

 きっと、小さくて軽いあたしたちでも、風がない場所なら、ダンスを踊ることだって出来ちゃうはず!

 だから、あたしはいつも、靴にくっつくことを目標にしてる。

 この靴の人のお家に、素敵な靴の寝床がありますようにって祈りながら、靴にくっつこうと頑張ってる。



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