第18話 デッドリードライヴ
歴史についてどう思うか。歴史は実在しただろうか。おれが誕生する以前の歴史は実在しただろうか。例えば、この世界が仮想現実だったとしたら、歴史を作ったのは誰なのか。
生成人工知能によって、人類の歴史文献のすべてが一日で製造できるような時代になったとする。そうしたら、我々に教えられる歴史は現実だと自信を持っていえるだろうか。
現在の生成人工知能には、そこまで大量の歴史文献を作り出す性能はない。生成人工知能の性能を確認することで、この世界の歴史文献が現実であると感じることができる。そういう確認をしないと、我々の現実感は不安定になる。
そして、カッサパリアという歴史製造の芸術家がいる。カッサパリアは、観衆の知っている歴史が虚構であり、カッサパリアの作った歴史が本当であると信じ込ませようとする作品を作りつづけている芸術家である。
文献整理をする者にとってはた迷惑な芸術家であるが、歴史文献が虚構である可能性を検討することはとても大事なので、カッサパリアは我々に学問の基本を提案しつづけている芸術家だといえる。カッサパリアの捏造する歴史は、文献だけでなく、発掘された遺物、史跡となる建築物などに及ぶ。
カッサパリアは勢い任せのお調子者なので、人類が歴史をどれだけ慎重に真偽を確定しているのかに詳しくない。おれよりはカッサパリアの方が歴史検証に詳しいのだろうが、カッサパリアは権威ある歴史学者に対抗できる芸術作品を作り上げてはいない。
もし、おれが優秀な人材だとしたら、おれの能力の形成に何が影響したか、人生の採点官は気になるだろう。
サイボーグ手術をするまでの期間におれの能力の形成に最も影響したのは、正直にいえば、学校の勉強である。だから、教師たちには感謝している。科学によって確認できた手がかりがどれだけ世界観の構築の根拠として信頼できるか。学校の勉強を苦労して行ったことで、まともな世界観を構築するきっかけになっている。二番目がこの国のマンガ。三番目がハリウッド映画。四番目が翻訳SF小説である。
ゲームは、賢くなる要素もあるが、ひとつまちがえれば、ものすごく愚かな時間をすごしてしまうので、評価が難しい。
サイボーグ手術をしてからは、思考補助の人工知能が素晴らしくよい刺激になっている。
思考補助の人工知能は、サイボーグの数だけ個性があるべきだ。それがサイバネ医師の悩みだ。人工知能の個性を数十億通り考え出すべきだという要望が突きつけられるのだ。おれの人工知能は唯一無二でないと困る。服のデザインが被らないくらいたくさんの種類が必要なように、思考補助の人工知能も個性が被らないくらいたくさんの種類が必要なのだ。
おれが指揮をとれる移動機械なんて、自分の自動車か、せいぜい駐車場内の整理だけだ。船舶の航路の指揮や、航空機の指揮などとれるはずがない。一般道の自動車の指揮だって難しい。
おれの精神が無線で百体以上の身体と接続されていて、それらの操作をしているので、ひょっとしたら、いつの間にかものすごく上手に複数の移動機械の指揮をとれるようになっているのかもしれない。誰でも訓練すれば、そういう指揮者の技量にたどりつくものなのかもしれない。できるのか、できないのか、どっちだろう。おれはもっと、自信を持って自己主張するべきだろうか。
誰にも失敗はある。仕方がないことだ。おれは二十代前半で人生を失敗したのだろうか。それはなぜだ。サイボーグ手術を受けたからだろうか。
トマトが美味しい。ミカンが美味しい。緑茶のにおいがいい。
珈琲屋へにおいを味わいに行こうか。
壊れたはずのおれの心は治ったのだろうか。もっとひどくなったのだろうか。おれは何を目的に生きているんだ。
不眠症はまだ治らない。
この世界に一人だけ存在するという仮想人物は、おれの同僚のサイボーグなのではないかと、そんなことを考える。そんな狭い世界で物事が決まるのは面白くないのだが、可能性はある。ちょっとした話題にはなるだろう。
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