第17話 他者の死
今日も仕事だ。死んだサイボーグの心と無線でつながった。死んだ後の心がおれの中で意識される。臨死体験などというものはない。死んで、意識がそのまま消失している。死んだ心はただの空白である。死んだ心の断片が時々、励起するのだろうか。死んだ心には雑音がある。
サイボーグが死んで、生身が死んでも、機械の部分が動きつづけていることがある。サイボーグの機械の部分は、生身が死んだ後にすぐに機能を停止するわけではない。機械が死んだ生身の身体を懐かしんでいる。こんな機械の心を体験できたのはよかった。機械が自分と一体であった人の生身を慈しんでいる。死んだ人はもとには戻らない。同居体の死の意味を機械が詳しく理解するようになるといい。同居体の死は、生き残った機械が廃棄処分されることを意味する。しかし、同居体の死の後、機械が廃棄されて死ぬのは、そのようにプログラムされた機械の仕事であるため、機械は自分の死を喜び肯定する。
おれの心が別人のサイボーグの死と接続され、その過程を体験している。とても緊張する。
死。興味深い現象のひとつだ。地底につづいて、死まで体験できるのは面白い。
このサイボーグが死んだ時に何を考えたのか、それは機械に記録されていた。おれはそれを追体験する。当たり前に生きて、当たり前に死んでいくだけだ。このサイボーグは、死ぬ最後まで家族を心配していた。家族への心配が死んだ時に考えていたことだ。ずっとそれを考えていたようだ。
死んだサイボーグは、三日のうちに葬儀がされ、火葬された。サイボーグの部品がすべて溶けてなくなってしまうように、鉄を溶かすくらいの温度で火葬された。これがサイボーグの死なんだ。おれは死というものを思い知った。
「サイボーグをハッキングする弾丸がある」
職場の同僚のサイボーグがいう。
どんな仕組みでそんな弾丸が実現できるのか想像もつかない。
「電子機械が好きなやつが作りやがった」
それはとても迷惑な発明だな。
いつその弾丸で狙撃されるのかわからない。心配しても始まらないが、おれの不安要素が増えた。サイボーグの日常が危険だ。
「違法だろ」
とおれは聞いた。
「弾丸兵器は全部、この国では違法だろうな」
同僚はいった。
それなら大丈夫だろう。おれはそう思った。
もしそんな弾丸があるなら、計算機もその弾丸で撃たれるとハッキングされそうだ。サイバースペースが複雑になるな。
「サイボーグにしか見えないやつは、サイボーグの強い感覚器だから見えるのか、それとも、サイボーグすべてをだましている仮想人物なのか」
同僚のサイボーグがそんなことを聞いてくる。
「社長はどうなんだ」
「社長は、生身にも見えている」
サイボーグは個体によって感覚器が異なるから、すべてのサイボーグをだますのは無理だろう。サイボーグの感覚器は生身の拡張された感覚だから、生身の上位互換の感覚器を以ていることが多い。だから、サイボーグに見えないなら、生身にも見えないだろう。
「仮想人物ってのは面白いな」
おれがいう。
「面白いことを教えてやろう。仮想人物はこの世界に一人だけ存在する」
同僚のサイボーグがいう。
「誰に聞いたんだ」
「事情通に」
ふむ。サイバネ医師が全員一致でそのような仕掛けを行っている可能性はあるだろう。あいつらは変なことを考えてばかりだからな。
今でも、地底探査機から届く無線でマグマの映像が見える。赤いマグマの海だったり、緑の宝石だったりする。
おれは百体を超える身体と無線でつながっている。死んだサイボーグとの接続は遮断した。
おれの心は機械の心と接続されている。機械が考えることと対話しながらおれは生きている。おれの好調と機械の好調。おれの不調と機械の不調。いろいろあって難しい。元気に生きていかなければならない。
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