第16話 大地に落とす
雨が二度降る。
おれの身体の数が少しずつ増え、六十体を超えた。すべてと無線接続している。サイバネ医師が無茶苦茶にくっつけてくる。すべての身体を理解することはできず、おれの意識は混乱の中にある。
頭に入ってくる内容が増えすぎると、その細部への理解度は雑になる。それがはっきりし始めた。精神領域の拡大のためには、理解中枢の高度化が必要だ。都市型サイボーグを作るには、サイボーグの理解中枢の構築に現状打破がいる。
ピラミッド型精神構造を持つべきか、ネットワーク型精神構造を持つべきか。難しい。重要な細部を的確に注目しなければならない。
全体の形にこだわらず、重要度を点数化して、数値を加算することにより注目度を上げていくという方法がある。現実に対応した注目度を構築するには、中心が決定しないネットワーク型の精神構造が望ましいとおれは考える。その精神構造に、物質の身体が形を合わせるように追い付こうとする。そうすれば、サイボーグの身体は、世界の真理を表現する形状を持つだろう。それは、おれの好むサイボーグデザインだ。
自然に対する人類の理解の形が現れ、文化を把握した理解の形が現れる。それを生身の思考がどう制御するかだ。
会社で、特別勤務の指令を受けた。おれがサイボーグであることで任せられることになった仕事が入ってきた。
科学者が地底探査のために地底探査機を地底に送り出している。無人の地底探査機だ。その地底探査機からの通信が生存信号を除いて途絶えてしまったため、地底探査機との無線接続を復旧してほしいという依頼だった。これをおれが担当するのだという。どんな難易度の高い仕事だ。通信の復旧なんてわかるか。まして、地底探査だなんて。
おれは、通信を高精度受信機を作って受信すればよいと、五年かけて巨大受信機を地上に建設する計画を最初は申し出た。生存信号が生きているなら、地底探査機は無事だ。それなら、他の探査記録を今でも地底探査機は周りに放出しつづけているはずなので、それを巨大受信機で受信すればよいと考えた。
しかし、それは却下された。建設に五年かかるなら、この地底探査機を廃棄して、新しく地上から次の地底探査機を出発させた方が早いという。だから、そのやり方ではダメだという。難しい仕事だ。どうしろというんだ。
次におれが考えたのは、中継器の出発である。地底に潜行して通信が消失した地底探査機の発信している映像記録や文字記録を中継器が受信できれば、それを地上にまでつなぐことができるはずだ。映像記録の日付や時刻を読み取るためだけにでも文字記録があると便利だ。
どうやって中継器を送り込むか。おれは、地底への掘削による派遣は難しいと考えた。おれが意見したのは、物質透過技術による中継器の派遣である。地殻はほとんどケイ素でできている。ケイ素の原子核と電子は異物である原子核や電子を排除しようとする。だから、光や陽子や電子はケイ素の物質を透過することができない。
おれは、ケイ素の原子を透過できる低エネルギーの原子核と電子によって作られた分子構造体をケイ素の原子を透過させて、地底に中継器を送り込むことを計画した。これは、科学者たちの強い賛同を得た。
原子核と電子を高精度に整列させた原子は、他の原子への干渉力が弱く、原子構造を維持しつつ原子を透過できる。
ケイ素の原子核と電子をすり抜ける中継器を大地に落とす。大きさは三十センチくらいの中継器だ。中継器は、地底探査機の無線を受信したら、それと接続して、その位置に停止する。計画は万全だ。
おれと科学者は、地底探査は掘削ではなく、物質透過技術によって行われるべきだという意見で一致した。
おれは科学者に作ってもらった中継器を、地底探査機の生存信号の方へ向かって、大地に落とした。そのまま、中継器は大地をすり抜けて、地底を深く沈んでいく。
中継器が落下していく時間はとても緊張した。うまくいかなかったらどうしよう。不安になる。
サイバネ医師が中継器の通信とおれの意識を無線で接続する。おれは混乱する。地底の方向から中継器の通信が届き、それをおれの意識が認識する。心がまた複雑に壊れる。
大地に落とした中継器が地底探査機の通信を受信して、接続された。地底探査機の通信を中継器がおれの意識に送ってくる。おれは地底探査機の撮影した地底の映像を見て、音声を聞いて、触感を感じる。さまざまな地底探査機の調査内容がおれの意識に、中継器を通して入り込んでくる。
そんなわけで、おれの意識が地底探査機と接続されてしまった。常に地底探査の映像が意識に送り込まれてくる。
おれの意識はバラバラだ。無線でそこら中に身体と接続して心を形成している。おれの意識がもともとどの身体を根拠としていたのかを、忘れてしまうのが怖い。
おれがおれであるために。おれはおれの身体を幸せにすることを大事にしている。おれの精神は、おれの身体を幸せにするために存在するものだ。それが生物の本来のあり方のはずだ。
サイボーグになり、おれの身体が変化しても、おれは変化する前のおれの身体を守らなければならない。
マグマが緑色の宝石に見える。ペリドットという宝石だ。地底探査機はどこまで深く潜っているんだ。中継器は地殻で停止している。マントルまで落下できる中継器を作らないといけないかもしれない。
火山の噴火の映像が意識に入り込む。都会の喧騒。雨を上から見る。仕事場で休憩するおれ。じっくりと自分の意識を楽しむ。
ただ女だけが足りない。いちばん大事な女が奪われている。
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