第15話 インポータントダンサー

 おれたちの特別室に社長が視察に来ることになった。

「おかしなものは片付けておけ」

 と課長がいうが、おれは普段のありのままを見てもらうべきだと考えて、特に片付けはしなかった。

 いつ来るのか、正確な時間はわからない。

 普段通り、仕事をしている。どうせ、社長の視察はすぐに終わる。そんなに時間をかけるものでもない。社長に直訴するような内容は今は抱えていない。何事もなく、視察が終わることを望んでいる。

 どうすれば社長になれるか同僚と相談した。どうやら、社長には二種類あるらしい。創業者一族のものが社長に就く場合と、仕事のできるやり手が社長に就く場合である。

 社長には、入社式や、社長室に遊びに行った時などに会ったことがある。


 そして、やってきた社長は幽霊だった。

 足のない身体が宙に浮遊しながら移動している。社長はふわふわ浮かんでいる。

 どういうことだろうか。おれは幽霊の実在を信じていないので、幽霊の社長には何か裏事情があるのだろうと推測した。

 幽霊の社長が経営する企業。それはそれで面白い。

 社長の体は色が付いているが、透けて見える。貫録のある衣装を着た幽霊だ。青と赤と黄色と黒と紫で彩られた幽霊だ。手を幽霊のようにたらしながら、ふわふわ浮いて移動している。

 おれは愚か者ではないので、幽霊の社長がおそらく幽霊型サイボーグであると推測したが、その確信を与えるほど、社長の幽霊演出はあまくはなかった。

 幽霊の社長。

 そういう生き方があったか。おれはちょっと衝撃を受けた。

 社長はふわふわ浮いて、社員を驚かせている。

 この社長にもサイバネ医師がついているのだろう。社長の精神がサイバネ医師から守られなければ、我が社の命令権がサイバネ医師に乗っ取られてしまうではないか。それはとても危険だ。

 社長に会うのは緊張する。それだけの不気味さを社長は持っている。


 おれだってこの会社にずっと勤めていれば、いずれはそこそこに出世するのかもしれない。出世すれば女の子が喜んでくれそうな気がする。いずれ出世できる可能性があるというのは、嬉しいものだ。人生に希望が持てる。

 無線でバラバラな身体に接続して生きているおれが社長になるだと。そんな危険性の高いことが起こるわけないと思う。

 スイッチひとつで全滅する我らがサイボーグ軍団は、社長になれるのか。幽霊の社長はスイッチひとつで敗北したりはしない仕組みの構築に成功したのだろうか。


 通勤中に知り合った女に会った。

「サイボーグの男って今でもありだと思う?」

 とおれが聞いたら、

「大事なのは心だ。あなたはもっと自信を持って」

 と女は答えた。

 この女は、サイボーグが体だけじゃなくて、心の一部も機械化されることを知っているのだろうか。不安になる。

 この女は、おれ以外に何人の男の知り合いがいるのだろうか。ものすごい美人なので、きっと声をかけてくる男は多いのだろう。この女だって早く自分の男を選びたいはずだ。おれが選ばれることはあるのだろうか。自信を持ってといわれても、自信がなくなる。

 巨大な蜘蛛のような体になって、怪物に襲われる美女のように犯したら、喜ばれるだろうか。

 筋肉の発達した魅力的な男の身体になった方が喜ばれるかもしれない。

 女の個人情報を閲覧することはおれには許されていない。

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