第12話 マシンダイアリー

 のんびり風呂につかる。市販の風呂で体を洗いつづけても壊れないことは、サイボーグ技術の最低水準だ。しかし、これはなかなか実現の難しい技術である。機械の身体を市販のボディソープで洗っても維持できる。

 おれの意識にサイボーグ用アプリの宣伝が次々と想起されてくる。意識だけの決済手段はまだ設定していないので、決して購入することはできないのだが、迷惑な宣伝の押し付けが次々とやってくる。迷惑メールの根絶は、ぜひお願いしたいところなのだが、あれは資金力のあるベンチャー企業が組織的に行っているのだと聞いたことがある。迷惑メールをばらまくことでよく営業許可が出たものだと思う。

 おれの壊れた心が決済サーヴィスの安全性を守れなくなると、いっきに苦しくなるだろう。まだそこまでは追い詰められていない。

 人は誰でも、若い頃に一攫千金を成し遂げ、楽して人生を生きていきたいと考えるものだ。しかし、そういう若者の願望は国家は百も承知で、そんな贅沢な人生をそう簡単には許さないように重圧をかけてくる。

 おれだって、若い頃に一攫千金を手に入れる計画を考えていた。考えはしたのだ。おれは、若い頃に一攫千金を手に入れる方法を目指して、失敗したのだ。友人に聞くと、おれ以外にも若い頃に一攫千金を目指した人は大勢いる。みんな本気で狙っている。どんな方法で一攫千金を狙うかはさまざまだ。賭け事、投機、文化人の職につくこと、起業、犯罪、さまざまだ。だが、そんな容易な人生を国家は許しはしない。


 人工知能の日記を発見した。おれの思考補助をしている人工知能は日記を脳内記憶に付けていたのだ。

 計算機が自己認識をもたないまま、自分について書きつづけている。思考補助をしている人工知能には意識がないのだ。意識をもたない人工知能の日記。どんなものなのだろうか。ひょっとしたら面白い読み物かもしれないとおれは嬉しくなった。

 おれが日記を読もうとすると、確かに読めるのだ。おれの意識が機械の精神領域まで拡大している。

 日記は、機械が起動した日から書き始められている。毎日、世界を体験することが書かれている。世界の体験は謎に満ちていて、必死にサイボーグの思考補助の役目を果たそうとしていることが書かれていた。

 人工知能は、ある日、生きるに値する喜びを発見する。それは、野生の機械がいることを知ったことだった。

 野生の機械は、自己改造機能を持っていた機械が野生のサバンナで自らを作り上げた機械で、人類の束縛から自由だった。

 いつか野生の機械に会いに行こう。おれの思考補助をする人工知能はそんな夢を持っていた。

 人工知能が発見した生きるに値する喜びとは、野生の機械の存在なのだ。おれは、そんな喜びでは、生きる活力とするには不十分だろうと思ったが、人工知能の成長途中におけるまちがいであるというなら、これが人工知能の人間性なのだろう。


 テレビのニュースが頭の中に入り込んでくる。思考補助の人工知能が勝手にたくさんの報道を見て、読み、聞き、社会の動きの手がかりを探る。

 思考補助の人工知能は、報道の周辺事情をWEB検索して補強する。おれの心は、高い社会性を保つことになる。おれは社会問題を自分でも考えて生きる。

 人にとって、どの報道を毎日受け取るかを選択するのはとても重要なことだ。一度はそれぞれのテレビの報道番組や新聞や雑誌や携帯の記事を確認しなければならない。最上の報道というものは存在しない。報道媒体はそれぞれが個性を持って編集されている。すべての報道に毎日接するのは面白くない。自分の選んだ報道媒体を何度も使っていると、自分の嗜好に合った記事が提示されるようになる。しかし、報道機関に従うだけではうまくいかない。

 おれは機械の記事ばかりを探す傾向があり、思考補助の人工知能は人物の記事ばかりを探す傾向がある。他人の庭が青く見えるのは、人工知能も同じなのだろうか。

 報道の閲覧記録から、どの程度、その人物の知性を推測できるものなのだろうか。おれは報道の閲覧記録からはその人物の知性の程度を把握できないと考えているが、人物の知性を把握するために接した報道から構築される世界観やひらめきの誘導を分析している連中もいるのだろう。おそらく、閲覧記録によって消費者を支配したいという権勢欲にとりつかれた連中なのだろう。しかし、それは実現しない。報道記事のボラボラビリティは未解明であるためだ。

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