第10話 野良猫好きの人間性

 哲学者は理性的思考を重要だと考えるのに、情動的思考が大衆に人気を得るのはなぜか。

 感情って何なんだろう。

 嬉しさ、悲しさ、楽しさ、笑い、情熱、驚き。

 感情が物質的根拠によって作られている以上、人工的な感情を製造することは可能だ。おれたちサイボーグは、サイバネ医師が作った人工的な感情を体験させられる可能性がある。自然状態の人類が決して体験することのなかった感情をサイボーグは生きる可能性がある。

 ブラブラビリティと名付けられた感情におれは最近、浸っている。サイバネ医師が作り出した人工感情だ。ブラブラビリティは飲酒をともなわない酔いであり、その酔いの中からひらめきが発生しやすい感情なのである。

 ブラブラビリティを感じて、ふらふらしながら仕事をしているが、都会のあそことここがくっついて、その意味が友人関係にあるんだなあというようなことをぼんやりと考えていた。いったい、サイボーグは将来、どうなってしまうのだろうか。

 サイボーグの体験したブラブラビリティで画期的なひらめきを得ることができれば、それを計算機の感情でそれが再現できるかもしれない。それに成功すれば、計算機が次々と重要なひらめきを出力し始めることになる。それは、人類の文明を一変させるだろう。

 芸術媒体には「ひらめきの誘導」という評価項目がある。その作品自体には表現されてはいないひらめきが、その作品を鑑賞した人々にどれだけのひらめきを誘導して発生させるかを評価した項目である。文学でも、イラストでも、音楽でも、映画でも、漫画でも、「ひらめきの誘導」は重要な評価項目である。よく考えられた作品ほど、「ひらめきの誘導」が強いのだ。「ひらめきの誘導」が強い作品は、パラダイムシフトを起こすほどの影響力を持つ。

 ブラブラビリティは「ひらめきの誘導」を人の感情の中で解明しようという研究の成果である。

 おれはブラブラビリティを味わいながら、思いついたことを細かくメモをとる習慣をより強固にした。思い付いたことを忘れてはいけない。しっかりメモをとっておくことで、おれの探求成果はだいぶ変わってくる。

 情動を軽んじるな。情動は、おれたち人類を楽しませている。おれたちの精神は、古代の進化で獲得した情動という作用を強く歓迎している。古代の進化は否定できない。

 情動と理性のどちらに進化した人類が勝つだろうか。内向的なおれは理性を取りたいが、成功体験の強いものほど情動を重んじる。情動をあまくみるな。人類の成功体験は、情動を強く刺激して、情動を楽しむ。


 人間性とは、その人の思想の中でまちがっているにも関わらず、その人がまちがいを認めることができずに主張することを指していうことがある。

 あなたが好きなまちがいとは何か。まちがいを楽しもう。それが人間性だとされることがある。

 おれは、サイボーグに志願したことがそもそもまちがいであるといえるのだが、それだけではおれのまちがいとしては寂しい。

 おれはどのまちがいに固執するか。

 おれは、商品の安さより、サーヴィスポイントを集めることを優先する。そこにおれのまちがいがあるといえる。これがおれの人間性だ。

 おれは、野良猫の大量発生を望んでいる。これもおれがあきらめることのできないまちがいだ。


 夕食に買う日替わり定食が、たまにめちゃくちゃ美味しい料理であることがある。おれは、日替わり定食の当たり日を期待して、毎日、食事を購入する。その日の日替わり定食の味見がおれの毎日の楽しみだ。日替わり定食の味だけを期待して、だらだらと日常をすごしてしまう。こんなことではいけない。

 通勤中に知り合った女に、コンビニのグミが安くて美味しいことを伝えた。それ以上はできなかった。

 まだおれは不眠症だ。かつて夢に出てきたきれいなお姉さんは、あれから二度と夢に出ては来ない。サイボーグの同志だという。秘かにおれを支援してくれているのかもしれない。確認できない。

 会社のサイボーグ廃棄担当官には、幸運にも最近は出会うことはない。

 おれは、人類の文明における電灯の発明について考える。電灯の使用を禁じられたら、人類の文明はどうなるのだろうか。夜の活動が激変するのだ。

 電灯がなければ、夜は火を焚き、明かりとしなければならない。電灯の発明によって、人類は火の重要性を落としたのだ。古代中世はもっと火が尊い存在だった。

 文明が滅んだら、火の使用を選択するべきか否か。いっきに電灯の使用を狙うべきではないか。迷う。どうでもいいことだが、迷う。電灯の応用で料理だってできるさ。

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