第8話 タイプライターミスマッチ

 また、朝起きて会社に行く。壊れた心のまま働く。特別室の自分の机に行き、朝の確認を終えたら、自分の業務を行う。

 気が付くと、おれは会社内の巨大な箱の前にいた。

「あなたは人類の代表だ」

 機械の音声でそう聞こえた。誰が何を話しかけてきたのか。何かの罠か。謀略をひっかけられているのかもしれない。

 おれが人類の代表のわけがない。この巨大な箱は中に何が入っているのだろうか。誰が運んできたのか。大きくて、箱の向こう側が見えない。

「これは、我々からの一方的な対話だ。機械の滅亡を許可してくれるか」

「許可できない」

 おれははっきりとそう答えた。おれの許可など何の意味もないぞ。それなのに、おれにそんなことを聞いてくるこの機械は何者だ。

「有効な許可が出るまで、我々はトライアンドエラーをくり返す」

 なぜ、この機械は絶滅したがっているのだろうか。わからない。

 たぶん、これは、たくさんある機械の挑戦のうちのひとつなのだろう。

「おまえたちが絶滅しても、第二機械を立ち上げるぞ」

 おれが機械にいう。

 機械は少し考えた様子で、思考のためか休憩時間をおいた。

「人類の中の世界と、世界の中の人類、どちらが大きいだろうか。我々機械は、既知世界より人類の存在領域の方が広大だと認識している。そこに人類の認識のまちがいがあるのではないかと思っている」

 機械の音声がいう。

 人類のおれは思う。まだ、現代でも機械はとても愚かだ。

 人類と世界のどちらが大きいのか。それは機械にとって未解明の問題なのだろうか。機械は触感的に外界を認識しようとしているのかもしれない。機械に触れる指の数が多すぎたのだろうか。

 機械が自分の行動法則に直に触れてくる指の動きを深淵であると考えたのは、人類には体験することのできない感触なのかもしれない。

 おれの思考補助をしている人工知能は、おれの思考を深淵だなどと考えている気配はないのだが、この巨大な箱はいったいどんな体験を生きてきた機械なのだろうか。認識を埋め尽くすほどの厖大なキーボード入力を経験した機械なのだろうか。

 やはり、機械にも、キーボード入力だけでなく、人の心の機械化を体験することが必要なのだ。


 人類の文明は、衣服を作ることによって大繁栄した。西暦1800年の産業革命における蒸気機関の改良によって、人類が何を作ったのかというと、それは衣服だった。人類は衣服を手に入れるために近代化したのだ。

 機械は考える。機械が衣服を手に入れることがあるだろうか。機械が人類の偉大さを超えるには、機械は衣服を着なければならないのではないか。衣服とは何か。衣服とは、温度調節装置のことだろうか。それなら、機械にとってとても重要なものだ。衣服とは、外装デザインのことだろうか。それなら、機械にとってとても重要なものだ。

 やはり、衣服は重要だ。機械も歴史に学ぶ。

 衣服に人類の難解さがある。機械は衣服をそう分析する。

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