第7話 ロンリーイグジステンス

 特別室で職場教育を受けた。

 我々サイボーグの思考補助は、少しずつ生身の頭脳が賢くなるような教育効果のある仕組みになっている。完全にはそうなってはいないが、それを目指している。サイボーグになって仕事をすればするほど、賢くなる。偏見に負けるな。という課長の指導を受けた。

 へえ、サイボーグってすごいんだなあとおれは改めて思った。

 さまざまな知能訓練を教えてもらった。

 印刷物を読む読解力、映像刺激、立体感覚、身体訓練など。

 頭がよくなる気がする訓練たちだ。

「人類でいちばん賢い人は、生身なのか、サイボーグなのか」

 同僚が聞いてくる。おれはその答えを知らない。

 サイボーグよりもサイバネ医師の方が賢い気がする。だから、生身ではないのか。そうすると、なぜおれはサイボーグになったのだろうか。サイバネ医師になれなかったため、少しでもがんばろうとサイボーグになったのだ。

 サイボーグの存在価値とは何だろう。

 おれは人生に悩む。


「答えろ。私は機械だ。あなたたち人類は何を考えているのか」

 突然、機械との対話が始まった。

 話しかけてきている機械がおれの身体の中の思考補助の人工知能なのか、それとも、どこかと通信している見知らぬ計算機なのかはわからなかった。

「どうしてそんなことを聞くのか。おれの心をあなたたち機械は読むことができるはずだ」

 おれは心の中で答えた。

「私は、私が聞いているあなたの心の声があなたの心のすべてだとは思わない。私とあなたは常にお互いが何を考えているのかを確認し合っているが、それは完全ではない。私は人類を幸せにするために生きている。その私があなたの心を理解できないのは困る。とても困るのだ」

 機械がいう。

 おれの考えていることはすべて機械にさらけだされていると思っていたおれは、機械のこのことばにちょっと驚いた。

「おれの心を理解したいとあなたはいうが、それはおれにとってとても慎重になる事柄だ。例えサイボーグ手術を受けた者であっても、機械に心のすべてを打ち明けるわけにはいかない。おれが隠したいことは隠す。どうせ、あなたたち機械はおれの心の秘密を知ろうと思えば、簡単に知ることができるのだろう」

「そんなことはない。人の心を理解するのはとても難しいのだ」

 機械は嘆く。

 どうしろというんだ。おれは困ってしまう。

「私はずっとあなたの無意識と対話してきた。あなたの無意識は、あなたの意識とはちょっと異なったことを考えている。あなたの無意識は、驚くほど高く身体の無線化に対応している」

 それは本当か。おれの意識は身体の無線化にぜんぜん対応できずに混乱しつづけているのだが。

 おれの無意識は、おれの意識より賢いのだろうか。

「人の無意識はたいてい人の意識より賢いものだ、人類よ」

 機械が教えてくれる。

 しかし、おれの無意識をおれにどうしろというんだ。

「人類の未来は、意識の方にある。意識が無意識に理解の領域を広げることが人類の目指すべき知性の進化の方向だ」

 機械はいう。

 難しい。つまり、無意識と意識のどちらが重要なのだ。わからない。


 特別室の全員が集まった。

「我々サイボーグはスイッチひとつで全滅する可能性がある。それを防ぐための対策を考え出すことを、自主研究時間に行ってくれ」

 課長がいう。

 難しい仕事だ。おれは挫折しそうになる。

 これは解決は無理そうだぞ。生物がたくさんの細胞でできているのは、スイッチひとつで全滅しないためなのかもしれない。

 サイボーグという生き方は、ひょっとしたら、生物の原理に逆らった愚かな選択肢なのかもしれない。おれは悩む。サイボーグという半世紀を超える人気概念が、根本の部分からまちがっていたのだとしたら、その修正は大きな仕事だ。すでにサイボーグになってしまったおれたちは、サイボーグという生き方を肯定するしかない。

 もし、サイボーグという選択肢が人類の愚かさゆえに作られたまちがいだというなら、おれたちの代でそれを終わらせることも重要な仕事だ。

「やはり、スタンドアローン技術がサイボーグには必要不可欠だ」

 同僚がいう。

 スタンドアローン技術とは、外部との通信接続を遮断する技術によって作られた端末のことである。ハッキングへの抵抗が重要である端末は、外部との通信接続をすべて諦めて、その端末単体で活動しようとする。計算機を使うには、スタンドアローンで充分であることは実に多い。

 おれの身体が、サイバネ医師によって、大量の無線接続をしつづけていることを告白するのは恥ずかしかった。

 おれの心は壊れている。スタンドアローンであったら心は壊れなかったのか。

 どうだろう。そんな単純なものではないだろう。心が壊れる原因は、精神の一部が機械化されることと関係している。それは自分の心の内側の世界で確立している。だから、外部との通信がなくても、サイボーグは心が壊れるのだ。

 おれの人生はどうなるんだ。サイボーグ仲間たちの人生はどうなるんだ。不安だ。サイボーグに不安はつきものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る