第6話 液体クジラと液体ペンギン
いつおれが生まれたのか。おれはまだ父親も母親も健在である。おれはサイボーグ手術を受ける準備として、父と母がまちがいなくおれの実父であり実母であることを確かめた。
サイボーグ手術を受ける者は、その手術の段階から仮想現実が始まる可能性があるため、少しでも現実の根拠を確かめるために、父と母の確認をするべきだと思う。
誕生とサイボーグ手術は、現実が非現実に変化した可能性のある時刻の決定に対して大きな影響力を持つ。本当は、それらとは無関係な時刻に本当に驚異的な現実感の喪失が襲って来るのだが、そこまで考えるのはたいていの者には難しい。
会社に通勤していたおれの人生は現実であり、その途中でサイボーグ手術を受けて、サイボーグになってからも、会社に勤めつづけていることは重要だ。会社に通勤していることがおれの現実性を高めている。
思考補助の人工知能に重圧を感じる。いつか、最終決定を行うおれが、おれの生身の思考をすべて却下するようになったら、おれは身体の制御を失い、機械に身体の動きのすべてを奪われることになる。つまり、それは身体乗っ取りだ。
アンドロイドではなく、サイボーグを作っているのは、機械技師の作るアンドロイドの心の性能がまだ生身の人より劣るからである。だから、サイバネ医師はサイボーグを研究しているのだ。
もし、心まで機械に奪われたらどうするか。おれの心が少しずつ機械化されていく。
この先に待っているのは何なんだ。
おれの知覚に遠隔地の映像や音声が流れてくるようになった。サイバネ医師は、無線でつないだというおれの身体をおれに見せてくれない。いったい何のためにそんなおれを追い込むことをするのかわからない。
おれの身体には、ネットワークと有線でつなげる機能がついていて、さらに、ネットワークと無線でつなげる機能がついている。
液体線ネットワークというものもある。海洋の中に液体を線状に張り巡らして、液体線の中に記号列を流して、ネットワークを構築した船乗りたちのインターネットである。おれの身体はいつの間にか、液体線ネットワークとの接続も可能になっていた。意識の中に船から見た映像や音声が流れ込んでくる。クジラの観察やペンギンの観察ができて楽しい。
ネットワークと混信し始めたおれの心は、いったいどうなってしまうのか。
会社で配属が移動になった。入ったことのない特別室に勤務することになった。おれは安心する。サイボーグは優秀な人材だと受け取られているようだ。
特別室が存在することも三年間勤めていたのに気付かなかった。おれの会社探検がうまくいってない証拠だ。女の子も探さなければならない。
特別室に配属されている同僚はすべてサイボーグだった。会社内の他のサイボーグたちと出会えたことに感激した。涙が出るほど喜んでしまった。それだけ、自分がサイボーグになったことに不安を感じていた。
課長なんかは、二十年以上、サイボーグとして生きているが幸せにやっているといった。それならおれも大丈夫かもしれないと嬉しくなった。
課長の奥さんは、生身であるらしかった。子供もいて、生身のまま生きているという。
さらに、特別室には女のサイボーグが三人もいた。嬉しい。
おれはサイボーグ廃棄担当官たちをどうしているのか質問したが、特別室の同僚は彼らと戦いつづけていると教えてくれた。
サイボーグ廃棄担当官がいることは、組織内矛盾の現れなのだろう。まだ会社がどちらを支持するのか断言できていないために、こんなことになっているんだ。困ったことだ。
特別室の同僚に「ちんこは生だよな」と確認したが、男のサイボーグはみんなちんこは生だと答えた。おれと生き方が合う。
特別室は、おれを含めて男のサイボーグが三人、女のサイボーグが三人、さらに課長がいて、合計七人で組織されている。今日から新しい一日が始まるのだ。
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