第2話 灰音と敗音
サイボーグになった途端に、心が壊れた。機械化は身体だけでなく、精神にも及ぶ。だから、心が壊れた。
現代人のサイボーグ技術なんてまだ未熟なはずだ。精神の一部を機械化することがどれだけ危険なことなのか、おれは油断していた。
おれの心にデジタル思考をする領域が造られている。サイボーグ手術をした時からそれがおれの心の中に発生して、おれの心の中で作動している。
このデジタル思考をする精神はおれの心だといえるのか。おれにはわからない。機械がおれの心を浸食している。心が機械化していくことを歓迎するべきか否か。
サイボーグの志願者なんて機械崇拝の塊なんだから、機械の作り出す心を肯定する気持ちも強い。機械化された心が新しい時代の新しい生命体の向かうべき道だと、おれは考えたことがある。
もし、サイボーグが都市管理コンピュータと一体化して、人類を支配するようになれば、その場合は、おれたちサイボーグの機械化された心が人類を支配することになる。その場合は、おれたちサイボーグは、人体という小さな単位には留まらず、人類の文明全体を身体として使うことのできる意思になることになる。おれたちの可能性は大きい。
おれはサイボーグになってからも毎日、会社に出勤する。サイボーグになったので、配属が変わる予定だと上司に告げられたが、今はまだ生身だった頃と同じ仕事を行っている。
おれはサイボーグになった混乱から取り乱している。おれはどこからどこまでがおれで、どこからどこまでが機械なのか。おれと機械の境界線はどこなのか。
早く受け入れなければならない。おれは自然物であり、同時に機械でもあるのだと。
おれの判断の最終決定権は生身が握っている。
生身のおれの思考の過程は、判断の候補として挙げられる。それと同時に、思考補助の機械の思考が候補として挙げられる。その二つを統合して、おれという個体の判断の決定は生身が行う。これは人類の意地だ。
しかし、だんだん機械の思考補助が賢くなっていき、生身のおれは機械の挙げた思考補助を自分の判断に選択することが増えていく傾向がある。思考補助中毒になるのだ。おれの心は機械に侵略されている。
最終決定権を握る者がおれだといえるのか、生身のおれは機械に誘導された判断をしているのか、どちらなのかおれにはよくわからない。しかし、思考補助を効率的に導入すると、サイボーグの思考はこのように形成せざるを得ない。そして、このようにした方がおれの個体としての性能は優秀になる。
おれは、自分の中の機械と話し合う。おまえは誰なのかと。
おれはおまえ自身だ、と機械は答える。
おれの中の機械は、自然物の身体より、材料素材としての身体に自己の起源を求めたがる。それはとてもおれを不安にさせる。おれの中にいる機械は、そのうち、生身のおれのことを忘れて、最初から自分は機械だったのだと考え出すのではないか。そんな心配が沸き起こる。
その心配を追い出すために、おれは生の意識を求めだす。人が最も生の意識を感じるのは、愛の体験においてである。愛の体験には、性の体験が必要だ。おれには必要だ。
だから、サイボーグとなって心が壊れたおれは女を求める。
機械化した無能サイボーグが変態性欲野郎になるのは気持ち悪い。女がいなければ、おれはサイボーグとして生きていられない。
サイボーグが女を見る。女もサイボーグを奇妙な目で見てくる。
生身のおれが性欲を出しすぎないように、機械の思考がおれの性的嗜好を良好に調整してくれる。
おれはあの女に会いたい。サイボーグになったおれを好きになってくれるだろうか。
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