購入
彼女の家に通い続けること一ヶ月。
「彼女さぁ、来てほしくないらしいんよねぇ」
ボクの目線の先にはあのブローハイがいて、その手前に、ボクと向かい合うようにして彼女が座り、その彼女の隣には彼女の所属するサークルのメンバーの男がいる。その男が、なんだかボクをにらみつけているような視線は感じていた。
「ほら」
と彼女が言い、
「もしもーし、聞いてるぅ?」
と、男がボクの目の前で手を上下に振る。聞こえてはいるから、ボクはうなずいた。こんな話し合いは無意味だ。時間の無駄だと思う。
「ぜんぜんわたしのこと見てくれてない」
それはその通りだから、ボクは「ブローハイに会いに来ているから」と正直に答えた。ボクにとって、彼女はブローハイの現在の所有者でしかない。彼女の家にブローハイがあるから、来ている。
「じゃあさぁ、そのブローハイってやつがなければ、お前はこの家まで来ないわけ?」
「ああ」
「だってよ?」
男が彼女に視線を向ければ、彼女は立ち上がった。ブローハイの頭を掴んで、男とボクとの間に置く。
「あげる」
そんな。無料では受け取れない。ボクはいそいそと財布を開いた。帰りにコンビニに寄って電気代と水道代とガス代をまとめて払おうと思っていたから、手持ち金はある。本来なら、三ヶ月分の給料を突きつけたいぐらいだが、そこまでの金額はない。
「どうぞ」
「いらない……」
差し出された諭吉を、彼女は断った(その隣で、男が「いいじゃんもらっとけよ」と言った)。これはボクの気持ちの問題で、どうしても彼女には受け取ってもらいたい。
「なら、三百円で」
この三百円は、ホットドッグ三個分だ。ボクが最初に欲しがったときに、サメのぬいぐるみのことを忘れさせてしまった罪深き食べ物と同額になる。
なかなか手に取ってもらえないので、ボクは男の右手に百円玉三枚を握らせた。そして、ブローハイを小脇に抱える。
「もう戻さないからな」
*
こうして、今はボクの家にブローハイがいる。IKEAの売り場でも、元カノの家でもなく、ボクの家にある。
父親が見たら「なんだ、自分で買ったのか」と言ってくれるだろうか?
寝てもサメても 秋乃晃 @EM_Akino
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