第27話 歓迎される海賊たち

 海賊船で砂州を乗り越えるのはそんなに大変なことではなかった。鉄波党の本船は複雑な入り江でも動き回れるよう商船より底が浅い。大型の商船が出入りする三橘湖に進入できないわけがなかった。夢之助をはじめとする上乗りたちもいた。彼らはどこをどう進めば思いどおりに船を進めることができるか熟知している。何事も先達せんだつがあれば心強いものだ。


 当然、港側も大型の装甲船が迫っているのに黙って見過ごすわけがない。入り江のやぐらからはひっきりなしに矢が飛んできたが、鉄波党の船は鉄板で防御されている。船室を覆う鉄の盾にはばまれ、またその装甲の狭間さまからは応戦の矢が飛んでくるので、こちらにはたいした被害は出ない。向こう側のほうが苦戦しているようである。


 葦津国はこの二百年泰平の世を満喫してきた国だ。八州が互いに干戈かんかを交えたことはない。武士たちは武術を学び心身を鍛える伝統を保持してはいたが、実戦での経験は乏しかった。一方海賊は四六時中自分たち自身を戦闘状態にさらしている。危機察知能力には歴然とした差がある。


 鉄波党の船は堂々と入港した。舵をしまい、碇をおろして、港のど真ん中に停泊した。


 小早船をおろして、十人ずつに分かれて接岸を試みる。軽装備とはいえいつになく革鎧等で武装した海賊たちを、桟橋で刀を握った武士たちが出迎える。


「行くぞ」


 夜隆が掛け声を出し、率先して船縁に足を掛けた。仲間たちがときの声を上げた。


 完全に接岸する前に、海賊たちは跳んだ。鍛え上げられた脚力で、一足飛びに攻め込んだ。その予想外の行動に、警備の武士たちは驚いたようだ。彼らは一瞬ひるんだ。その隙を見逃さずに斬りつけ、海に蹴り落とす。水柱が立つ。


 歓声が上がった。一人二人ではない。大勢の人間が万歳の声を上げた。


 驚いて岸のほうを見ると、まだ寒さの残る春の夜明けだというのに薄い着物で裸足の平民たちが、こちらに迫ってきていた。


 そして、彼らは刀で傷つけられることもためらわずに、警備の武士たちに飛びかかった。


「助けが来た! 助けが来たぞ!」

「とうとうあのテッパが来た!」

「お前らは終わりだ!」


 どうやら翠湖州の武士たちは平民に相当嫌われているらしかった。しかも、海賊とはいえ荒浦州では義賊として名を馳せる鉄波党である。翠湖州の武士たちが何をしでかしたのかは知らないが、何ひとつ恥じることなく赤と黒の旗をなびかせて入ってきた海賊のほうを、彼らは受け入れたのだ。


 夜隆は一時的に刀の切っ先を地面にさげ、目を細めた。


 いくら義賊と言っても、やっていることは強盗だ。平民に富を還元していたとしても、海賊行為は本来違法なのだ。それを歓迎するほど貧しい民がここにいる。


 夜隆にとって、これは、獅子浜城で暮らしていた時には見えていなかった現実だった。


 彼らを救うべき、守るべき天竜鳴秋は何をしているのだろう。では、大君狩野月隆はどうしているのか。


 民を安心させるのが統治者の務めなのではないか。犯罪行為などに手を染めさせず、普通に暮らしている人が海賊などに迎合しない社会が、あるべきなのではないか。


 考えなかったことにした。

 今の夜隆が考えるべきはそこではなかった。

 夜隆は今三郎という名の海賊だ。そして三橘湖に来た目的はもう二度と襲った船から奴隷が出てこないように工作するために天竜家から奴隷貿易をしている証拠をつかむことである。港湾管理をしている奉行所に乗り込み、荒らし回ってそれらしいものを探すのだ。見つからなければ天竜家の居城に乗り込むまでである。


 港のそばで一番大きな建物を見つけた。奉行所だ。陸地ならば関所に当たる。鉄波党の一同は、平民たちの案内を得て、そこに突入した。


 多少の斬り合いはあったが、腰抜けの役人たちは鉄波党の登場とそれにあわせて始まった平民の反乱に慌てふためいて逃げ出した。自分の職務への忠誠心がない。


 荒廃した翠湖州の様子に困惑する。


 ここは昔からこういうところだっただろうか。それとも夜隆が気づいていなかっただけか。音宮には子供の頃から何度も来たことがあったはずなのに、自分は、みんなに守られ、かしずかれ、迎え入れられて、綺麗なところしか見てこなかったということか。


 振り切って前に進む。


「何か見つかったか」


 奉行の執務の間に入って先に突入した仲間たちに問い掛ける。彼らは「何もない」と答えた。彼らの手にはいくつもの書状が握られていた。


 海賊たちに読み書きを教えておいてよかった。

 この数ヵ月で海賊にとって都合の悪い単語をおぼえさせたのだ。

 書物を読むほどに熟達させる時間はなかったが、おかみが庶民に出すお触れには、そんなに難しい言葉は使われない。簡単な文書を斜め読みする技術は身につけてある。


 念のためにと差し出されたものに目を通してみた。しかし普通の関税や警備についての話ばかりで、違法性のあるものは見当たらなかった。


 ただ、書状に書かれた責任者の名前に見覚えがある。


 ほかならぬ、馬込右衛門だった。


「どうする三郎」

「馬込家に乗り込む」


 あの男は出世して関税の管理の仕事に携わるようになったのだ。三橘湖の関税は銀山の採掘の管理の次に儲かる収入だった。いろんな部署を経験して少しずつのし上がっていったあの男の上に媚びへつらう才能には恐れ入る。


「場所は」

「たぶん案内できる。最後に来たのは三年前だけどな」


 狩野夜隆は、何度も招待されている。


 だが、そこで思わぬ情報が飛び込んできた。


「いや、たぶん引っ越してる」


 間に入ってきたのは、夢之助だった。


「三年前の時点で、馬込家は音宮城のさらに近くの土地を手に入れてる。天竜家の側近としての地位を見せつけるために、音宮城の近くに住んでいた人間に借金をさせて、その抵当として土地を押さえてた。屋敷も、上物うわものをある程度再利用しているとするなら、普請ふしんにそんなにかかっているとは思えない」


 夜隆は夢之助を見た。彼の黒曜石のような瞳と目が合った。


 彼は皮肉そうに笑って言った。


「古今東西男ってやつはしとねではべらべら余計なことをしゃべるって相場で決まってる」


 あまりにも悲しいので、夜隆は声に出して夢之助の情報を信じるとは言えなかった。けれど彼が馬込家の当主に直接性的に奉仕することで得た情報より信頼性の高いものはない。夜隆は翠湖州の綺麗な面しか見てこなかったのである。


「海でも陸でもお前に案内させてばっかりだな」


 夜隆がそう言うと、夢之助はこう答えた。


「それがおれにできる一番の復讐だと思っているから」


 誰よりも、頼もしかった。


 復讐、という言葉が、頭の中に残る。


 十七歳の少年が復讐のために海賊をやるほど荒れ果てた翠湖州に対して、大君狩野月隆は何もしていない。


 左手で刀を握ったまま、右手を開いて見た。そこには入れ墨がある。月隆の命令で彫られた入れ墨だ。おかげで穴は開かない。穴がないということは、今の夜隆には復讐に燃える少年を一人救うための権力がないということだ。


 考えなかったことにしたい。


 今はまだ、それを考えるには早い。



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