Artificialis Anima 外伝

芋メガネ

"フラッシュエッジ"

今でも、あの日の事は覚えている。

「俺は、"瞬く閃光フラッシュエッジ"、高田煌!」

家族をレネゲイド関係の事件で失って数年。俺と真逆もいいところのアイツが、俺に向けて手を差し出す。声音も表情も、全てが太陽のようなアイツ。

「よろしくな、相棒!」

その手を取らなかったあの日。

それが俺にとっての、全ての始まりだった。





初めのアイツの印象は底抜けに明るく、それでいて不真面目な、チルドレン不適合者だった。

「凄いなお前!座学も実技もトップじゃんか!」

「これくらい、できて当たり前だろ」

「そうは言っても、お前とは頭の出来もセンスも違うんですー」

別にこう言ってるが、決して成績が悪いわけではなかった。なんなら、俺が1番なら煌は2番で、訓練によっては俺の方が負けるなんて普通にあった。

「それなら訓練後も復習や自主練に使えばいいだけのことだ。その漫画とゲームにうつつを抜かしていないで、取り組めばいいだろ」

「そしたら、俺の人生のほとんどが訓練とかに染まっちまうわけだろ?それはちょっと嫌だしさ、折角だし一緒にゲームやらないか?ゲームじゃなくてもこの漫画、面白いんだぜ?」

「断る」

何を言ってるんだ、と思った。苛立ちを隠せなかった。

本当なら俺よりできるはずのやつが、手を抜いていることに。


俺よりも守れるはずの奴が、この責務を投げ出していることに。

あのときはまだ、アイツのことを拒絶していたんだ。


「"雷光の楔スパークウェッジ"、並びに"瞬く閃光フラッシュエッジ"以外の戦闘不能を確認。訓練終了よ」

「よーし、やっぱ俺たち上手くいったな!」

「ああ、そうだな」

合同戦闘訓練、ハイタッチを求めてくる煌に、俺は一瞥だけ返す。煌は宙に浮いたままの手をどうすべきか悩んで、そのまま手をひらひらとして俺が去るのを見送る。

「もう少し仲良くしたらどう?二人とも、息ぴったりなんだからさ」

「……レベッカ教官」

そんな俺たちのやりとりを見てか、少し困ったような表情でレベッカ教官が声をかけてきた。

「必要ありません。俺とアイツが組んでいるのも一時的なものです」

「でも、オーヴァードは人との繋がりが大事なのは分かってるでしょ?」

強がる俺に、教官はいつもの声音で優しく諭す。

本当は、俺も分かっていた。こうすべきじゃないってことは。本当はアイツと親睦を深めるべきだってことは。

「……ええ。でも、その繋がりが俺にとっては、鎖になりますから」

ただ、それ以上に俺は怖かったんだ。


誰かと親しくなって、それをまた失ってしまうことが。


それでも、そんな時間は思ったより早く終わりが訪れた。

「……もう、無駄だって分かってるだろ。俺は馴れ合うためにここにいるんじゃない」

煌と相棒になって半年が経った頃、彼にまた誘われて、咄嗟に口から出てしまった。

「そもそも娯楽なんて無駄だ。どうせ俺たちは、すぐに死ぬんだ」

本音だった。前線に出るチルドレンの5年後の生存率はそこまで高くない。むしろ、生き残れないほうが普通だ。下手に希望を持って生きるほうが、死の間際で余計に苦しくなる。

ここまで言えば、アイツも諦めてくれると思った。

お前は俺に、手を差し伸べ続ける必要なんてないんだと。

けれど、アイツは少しだけきょとんと首を傾げて。

「だからこそ、だろ?」

いつものように、朗らかな笑みで応えたのだ。

「先が短いなら、尚のこと今を楽しんでこそ!無駄ってやつを楽しんでこそ、人生であり人間だ」

そう口にする彼はどこか誇らしげで、夢を語る大人のようで。

「もちろんお前の言うとおり、死ぬ間際に悔いは生まれると思うぜ?けどさ、むしろ最後の最後に生きる理由にだってなるかもだ。それこそ、あの漫画の結末を見るまでは死ねねー!ってな」

今度は一転、年相応の子供らしくも見えた。

そんなアイツの言葉に、俺は何一つ返せなかった。別に反論がなかったわけじゃない。

けど、それ以上に俺はアイツの言葉を受け入れたかったんだ。


「せっかくだし試してみろよ。ハマるぜ?」

俺に携帯ゲーム機を投げ渡してくる。少し古臭いUIのゲームで、ゲーム開始をいまかと待っていた。

俺はアイツの差し伸べた手に対して、ずっと手を閉じたままだった。なのにアイツは、俺の手首を引っ掴んで無理矢理あっち側に引き寄せた。


なんともまあ迷惑な奴で、それでいて暖かい奴だと思ったんだ。


そして俺がStartボタンを押す。

画面が転じて、ゲームが始まる。それと一緒に相棒としての俺たちが、ようやく足を揃えられたんだと思う。


「……面白い、な」

「だろ?やっぱお前、こういうの得意だと思ったし、ハマると思ったんだー……って、俺のハイスコア抜かれてるじゃん」

「ああ、これそういうことだったのか」

「ちょっと返せ!今すぐ記録を塗り替える!」

「おま、それはないだろ!良いところだったんだぞ!」

「うるせー!ガチでやってない記録とはいえ初心者に塗り替えられたらこっちの心が穏やかじゃないんだよ!」

「ならそもそも貸すなって!」

「いーや、貸すね!今度お前が上手くなった上で塗り替え直してやる!」


そこから先は、二人で色んなことに手を出した。

「兄さん、今度のチーム混合の合同訓練についてなんだけ、ど……」

「ああ、涼か。とりあえずこれ終わったらすぐ話し合おうなーっと!」

「安心しろ、涼。お前の兄貴は俺がすぐに仕留めるからな」

「そうは問屋が卸さな……ってそのコンボは反則だろ〜!」

「お前の練習不足だな。悪いけど、俺は訓練も座学も遊びも全部全力で行かせてもらう」

「……二人とも、雰囲気変わりましたね」

「じゃあそれは、コイツの垢が抜けたってところだ!俺は前からこんなだし!」

「俺としては、お前は涼を少し見習った方がいいとも思うけどな」

煌と涼、彼ら兄弟とも、本当の兄弟のように三人で過ごした。


時には、バカみたいなことも二人でやった。

「4面の裏ボスだけどうやっても出ないんだよなぁ」

「本当にいるのか?そんなボス」

「いるんだって!ヘルスパイダー・オルタナティブってのが!動画にも上がってたんだって」

「なら、それを参考にすればいいだろ」

「それが投稿者も分かってないらしくてさぁ」

「……なら、出るまでやり込んでみるか?」

「お、じゃあ1デスで交代な」

「いいのか、俺はもうほとんどノーミスでクリアできるぞ、そのゲーム」

「本当にそれが叶うのか、しっかり見届けてやろうじゃんの」

「つまらなくて眠くなっても知らないからな」

日付が変わる頃にはやめるはずだったのに、気がついたら二人揃って朝日を迎えたのも懐かしい話だ。


「前よりも、笑うようになったね」

「そう、ですか?」

教官に言われて、初めて気づいた。

「うん、とってもいいことだぞっ!最後まで笑ってる奴が人生勝つんだから!」

「……アイツのお陰ですね」

思えば、煌に出会うまで俺の人生は、一人で死を待つだけの人生だった。

それがチルドレンとして当たり前だと、俺の行先なんだと、諦めていた。

それがいつの間にか、無駄を楽しむことを目的に、俺は生きていたんだ



「俺は、お前が凄いと思うよ」

「ん、何がだ?」

二人、消灯時間を超えてしばらくして。コントローラーを両手に口にする。

「俺は、コイツらに何の価値も見出せなかった」

目の前に広がる、漫画の山に、紙皿に盛られた健康に悪そうな菓子の数々。トドメと言わんばかりにその中央を陣取るカセット式のレトロゲーム。

つい数年前の俺にとっては、これらは全部不要なものだった。

なのに気づけば、どれも俺の今を彩るものになっていた。

「俺にはできないことだからさ、本当にお前は凄いと思うよ」

そういって、コントローラーのボタンを押すと、同時、そのまま流れるように技が繰り出されてHPゲージが真っ赤になる。

「え?」

今の攻撃は確かにトドメを刺そうと思ってはいたが、ガードされる可能性を加味していた。なのに、ガードも回避もなく、やられるがままだった彼の方を思わず向いてしまった。

そこには、驚きにポカンとした彼が同じようにこちらを向いていて。

「何言ってんだよ、お前こそ向いてるだろ」

目が合った瞬間にいつものように、朗らかに笑った。

「お前は訓練の大事さも、こういう娯楽の大切さも、どっちも知ってる。それこそ、同じ境遇のやつに手を伸ばしてやれるだろ?」

いつものように、真っ直ぐな言葉。そこに嘘の一つもないのだと、その声音で分かってしまう。

「だからさ、これからも俺たちで色んなやつ、沼に沈めてやろーな」

「沼って、お前」

思わず、俺もつられて笑ってしまう。改めて、こいつには敵わないなって思わされた。けど、俺も隣に立つのだから。

「なら、これから俺たちで色んなやつに手を伸ばしてやらないとだな」

「ああ!美味いもんも楽しいことも、一人よりみんなでの方がいいからな!」

二人だけの部屋で、静かに笑い合う。

「って、さっきのはなし!お前が変にしんみりさせるから!」

「それは集中してないお前が悪いだろ!」

子供の頃に忘れてしまった、心からの笑顔で夜を明かす。


こんな日々がずっと続くのだと、思っていた。

何を疑うこともなく、これからも二人で並んで行くのだと、そう未来を思い描いていた。












今日、今の、今まで。

全てを焼き払われてしまうまでは。








「煌!!」

炭同然になった、彼の姿を目の当たりにして、全ての思い出が再生される。


奇襲だった。突如現れたマスタークラスの敵に、外壁が黒き焔に包まれ、立ち向かったエージェントらが灰すら残さずほどに焼き尽くされた。

そして目の前の彼は、人がどうだったかすらもわからないほどに焼け焦げていた。

「あ、あ……無事で……何よりだ……」

それでもなお、彼はいつものように言葉を紡ぐ。


けど、これは、もう————

「なあ、相棒……頼みがあるんだ……」

「今じゃなくて良いだろ!すぐにホワイトハンドが来るから……!」

必死になって、焦りで声を荒げてしまう。

けど、彼はそんな姿になっても、穏やかな声音で。

「お前は、これからも笑えるような人生を送ってくれ……」

「なに、を……」

「俺はもう存分に味わった。だから、今度はお前が……笑いながら生きて欲しいんだ……」

何も、何も変わらなかった。こんな姿になっても、高田煌は高田煌だった。

「それに、最後まで笑ってるやつが人生、勝つんだから……さ……」

————涙を、拭う。

拭ったはずなのにまた溢れてしまうが、それでもとびっきりの笑顔を向ける。

「……そうだな、煌」

ああ、ダメだ。ダメだ。止まってくれ。

今だけは、頼むから。

「なんだよ……泣いてるのか……?」

「そんなわけ……ないだろ……」

「だよ、な……」

分かる。表情も分からない程に変わり果ててるのに、こいつは、笑ってるんだ。

「なぁ。やっぱり悔いはあるけど、さ……俺は、楽しかったぜ……」

「……俺も、だよ」

「ありがとう、な……颯太……」

もう、前が見えない。視界も顔も、何もかもがぐちゃぐちゃだ。けど、それでも————

「俺こそだ。ありがとうな、煌」

最期は、笑って送ると決めてたから。

「お休……み……」

「ああ、お休み……」

彼が、微睡へと落ちていく。

もう目覚めることのない、永き眠りに。


ぽつ、ぽつと雨が降り始める。

白き煙が上がり始め、黒き焔は消えていく。

次第に雨は強くなり、気づけば身体中の熱も、音も全てが奪われていった。


頬を伝うのが雨が涙なんてもう分からない。

それでも、俺は泣かない。これからも笑って生きるのだと、心配をかけないように。



漏れた声は、その全てを雨がかき消してくれた。










"マスターブレイズ"による襲撃は、大勢の命を奪い去った。

生き残ったのは、俺を含めて十数名。その場にいた者の殆どは、遺骨すら残らなかったらしい。

涼も幸い生き延びたが、半身を焼き払われ機械化を施すことになった。

この施設そのものも廃棄されることとなり、残った少ない荷物を手に、別の支部に配属されることになった。


俺たちの部屋も殆ど灰になって、残ってるものなんてないと思っていた。足を運んだのも、ただあの思い出に浸りたかっただけなんだと思う。

けど、少し焦げたゲーム機が、ぽつんと一つ残されている。それはまるで、俺たちの帰りを待っているかのように。

流石にもうダメだと思ったけれども、試しにダメ元で電源をつければ、問題なく起動する。

タイトル画面が映し出されるとともに、あの日々が蘇る。

「結局、徹夜してノーミス二周でも裏ボスは出なくて、二人して寝不足で怒られたんだっけ……」

少し焼け焦げても、なお起動するゲーム機とカセットを思い出と一緒にポーチに詰める。


涙はもう、溢さない。過去は燃え尽きたとしても、まだ俺は生きている。

あいつに託されたんだ。笑って生きろと。これからも、楽しめと。


けど、俺は一人でそうするつもりはない。


『美味いもんも楽しいことも、一人よりみんなでの方がいいからな!』


俺があいつに手を差し伸べられたように、きっと俺にもまだ出来ることがあると思うから。


「本日より、N市に配属されました、相澤颯太と申します。それで、俺の相棒になるのは……」



なぁ、煌。

俺はもう少し手を伸ばし、戦い続けてみるよ。


「初めまして。俺は"瞬く雷光フラッシュエッジ"、相澤颯太っていうんだ」


今はまだ、お前の名前を借りてだけど。


誰かとまた、無駄を分かち合えるように。


「よろしくな!」


今度こそ、大切な誰かを失ってしまわないように。


空の上から、笑いながら見ていてくれよな。


to be continued to the 「Artificialis Anima」and 「Burnt down Bygones」……

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