第26話 作戦がイチャイチャになってしまいます
今、俺の目の前には頬を膨らました女がいる。
まるでリスのように膨らます頬ではパンを頬張っており、俺のことを見てたまるかと瞑った目はそっぽを向いている。
そんな姿に特に声をかけることもない俺も同じように食パンを頬張った。
そっぽを向く中越なのだが、こうして食パンを焼いてくれるぐらいにはまだ優しさがある。
というか、俺が全面的に悪いみたいになってるがそんなことないからな?
確かに拭き残しがあったのも、地面についてしまったのも俺のせいかもしれない。が、あそこに捨てたのはこいつだ。
『次……はやく……』なんて言いながら適当に捨てたのはこいつだぞ?
少なからず……元を辿れば九割五分こいつが悪いだろ。
サクッと音が鳴るダイニングでそんなことを考える俺だが、両者の口から言葉が出てくることはない。
それどころか目を合わせて……はこいつが悪いか。
というか!こんなことを考えてる暇じゃねーんだよ。なんでこいつに毒が効かないのか考えなきゃいけねーんだよ!
いやまじでなんでこいつに毒が効かない?今回だけじゃなくて、昨日も。
考えたくはないが、本当に毒耐性があるんじゃないか?だとしたら今すぐにでも研究室にぶち込むべきなのだが、その線は非常に薄い。
毒をずっと浴び続けてるわけでもなければ親も普通の親。突然変異をしたわけでもないだろうし、ましてやこの世界。
ファンタジーでも二次元でもないこの世界で毒が効かないなんてあるはずがない。
……まぁだから分からないんだが。
色々俺なりに考えてみたんだぞ?そもそも毒が入ってないだとか、父さんが嘘をついてるんじゃないかとか。
でもそんなわけがない。だって父さんだぞ?暗殺者として名を残してる父さんだぞ?
そんな父さんが嘘をつくわけがないし、毒が入ってないなんてもってのほか。
だとしたらなんでこいつに毒が効かないんだよ。
もしかしてあれか?俺が暗殺者だということを知ってるから解毒剤を常に持ち歩いてるのか?
いつ盛られてもいいように常に含んでいるってことか?
だとしたら頷けなくもないが……含んだ素振りは見えなかったしな……。
「……ねぇ。そんなじろじろ見ないで」
突然こちらを振り向いたかと思えば、訝し気に目を細めた中越が口をとがらせて言ってくる。
未だに自分が捨てたことを思い出せていないのだろう。ここはビシッと俺が言ってやるべきなのだが、めんどくさくなるからやめとこう。
「それはすまん。ちょっと考えごとしててな」
「私の顔を見ながら……?」
「中越さんのことを考えてたからな」
相変わらずの顰めっ面の中越に対し、肩をすくめながら答えてやる。
ほかの答えを言ってもよかったのだが、それだと中越の顔を見ながら考える必要はないし、嘘にもなってバレた時に困るのは俺だ。
なら、中越の顔を見てても筋が通り、何の嘘にもならないこの答えがベストだ――と、先ほどまではそう思っていた。
けれど、見る見るうちに赤くなる中越の顔と冷静になった頭で考えなおした結果、しくじったなという一言だけが頭に思い浮かんだ。
「今言うのもなんだけど……あまり夜のことは思い出さないでくれる……?」
「恥ずかしいから……」と言葉を付け加えた中越は最後の食パンを頬張った。
「……思い出してねーよ」
確かに少しは思い出したが、悶々とするほどではない……のだが、中越のこの反応を見るとちょっと罪悪感が湧いてしまう。
というか、やっぱいつもの中越じゃないよな?
確かにこいつは感情豊かだ。だが、偽ってる節も所々あると思う。
けど今見ればそんな様子はどこにもなく、心の底から顔を赤くして、素で恥じらっている。
気持ち悪いとまではいかないが、なんかこう……調子が崩れて仕方がない。
いやまぁこいつも卒業したんだからそりゃ色々と変わるところはあるだろうけど、流石にこの一瞬で慣れることは出来ん。
「……ねぇ。私の話聞いてる……?思い出さないでって……」
「だから思い出してねーって」
「じゃあなんでずっと見てくるのよ」
「……考え事だ」
「私のことについて……?」
「……まぁ……うん」
「絶対考えてるじゃん」
「だから考えてねーって」
そう答えた俺は中越によって入れられたコーヒーをグビッと口の中に入れ込み、話を断ち切るように腰を上げた。
「そんなことよりも俺は帰るぞ」
「……食べるだけ食べて帰るんだ。最低な男」
「おい言い方どうにかしろ?」
「実際そうじゃん……」
実際そうだけども……!二つの意味で食べて帰ろうとしてましたけど!いや一つの方に関しては俺も食べられた方だけども!言い方どうにかしろよ!
てかそんなしおらしくすんな!調子狂うな!!
「わかった。洗い物はちゃんとする。だからあんま掘り返すことは言うな」
「言ってきたのそっちじゃん」
「言ってねーわ。さっさと洗うぞ」
「……また逃げた」
「逃げてねーわ!」
半ギレ気味に言葉を返してやる俺はお皿とコップを手に持ち、落ち着く様子もなくキッチンへと向かった。
♡ ♡
この男は私の毒で死ななかった。
洗い物中、先ほどからずっと考えていることを脳裏に浮かべる。
今もまだピンピンしてることから、本当に毒が効いてない――もしくは解毒剤を常備している可能性がある。
解毒剤を含んだ様子はひとつとして見られなかったけど、私の見えない所で接種したのかもしれない。
でも……よく考えてみて?一般人が猛毒を解毒できる薬を持ち合わせてると思う?
少なくとも私はそうは思わない。現に、暗殺者である私ですら持っていないのだから。
その観点から見るに、本当にこの男には毒耐性があるのではないかと信じざるをえなくなりそうなのだけど……是が非でも信じたくない。
もしそうだとするのなら、私がこの男を暗殺する術がほとんどなくなってしまう。
通りすがりにナイフを刺したり、寝込みを襲ったりすればいいのだけれど……それだと釈然としない。
だって初の暗殺なんだよ?相手はとことん私の暗殺を失敗にさせた男なんだよ?
一応私にも暗殺者としてのプライドがある。毒でこの男を始末すると決めたのなら、それをやり遂げなくてはいけない。
別にこれはお父さんに言われたわけではない。
けど、悔しいのだ。
こんなに失敗させられて、挙句の果てには私の初めてまで奪って。
だから私はなにがなんでも毒でこの男を殺す。
相手がどんなに毒耐性があろうとも、解毒剤があろうと――
「――自分から見るなって言ったくせにめちゃくちゃ見てくるじゃねーか」
「……パンくずが付いてるのよ」
「パンくず……?」
このままだと私の立場が不利になると思っての嘘。なのにも関わらず、この男はすぐに信じ込んでくれた。
服の袖を頬に押し当て、一生懸命にパンくずを取ろうとするけど、当然なにもついていないので完全に無駄な努力。
あまりにも落ちてこないパンくずに対してか、私の嘘に対してなのかはわからないけど、頬から袖を離した仁村は私に顰蹙の目を向けてきた。
「……ほんとに付いてるか?」
「付いてる付いてる」
縦に顔を振りながら答えてやる私はこれ以上嘘がまかり通らないことを確信し、それと同時に突破口を発見する。
その突破口を試そうと水気を拭き取ったその手をやおらに伸ばす。もちろん仁村の頬に向かって。
「動かないでね」
まるで取ってあげると言わんばかりの言葉。
そんな言葉に仁村は半歩後退りしてしまうが、すぐに身体の動きを止めてくれた。
瞬発的に嘘をついてしまって申し訳ないとは思う。けど、あなたが悪いからね?素直に毒を喰らわないあなたが悪いんだからね?
なんていう言い訳を脳内の私に言い聞かせ、パンくずを摘んだ振りをする。
そして仁村に見られる前に――口の中へ放り込んだ。
「取れたよ」
完璧な作戦。その時は、少なくともその時は完璧だと思っていた……けど、徐々に赤くなる仁村の顔を見ると、この作戦は何一つとして完璧じゃないことを知らされてしまった。
さすれば、私の取り繕っていた顔が、演技の出来ない態度が一変してしまう。
「……ごめん。間違えた……」
熱くなった顔を両手で覆い、隠れるように身体を縮こませる私。
そんな私の気を知ってか、小さく息を吐く仁村は気を正すようにパチンッと頬を叩き、私の頭にデコピンをお見舞いしてきた。
「取ってくれたのはありがとう。けど、自滅するならやんな」
「自滅する気なんて……」
「はいはい。んじゃ洗い物も終わったから俺は帰るぞ」
「……どうぞ」
私の言葉を聞いてか、それとも先んじて動いていたのかはわからない。けど、足音は確実に私から離れていっている。
そんな仁村の後ろ姿を見やるわけでもなく、ただ悶絶している私は膝を抱えたまま、ブンブンと頭を振るばかり。
確かに今回の件は私が悪かった。悪かったけど――
「悔しい……!なんであんな切り替えができるの!もっと私みたいに悶絶しなさいよ!!」
――玄関を閉める瞬間、そんな言葉が背後から聞こえてくる。
噛みしめるように、自分のやった過ちに後悔を覚えながらの言葉だと思う。が、うん……俺だって恥ずいぞ?
それこそ中越が俺のことを見てないだけでちゃんと悶絶してるぞ?心の中だけだが、それでも悶絶はしてる。
というかなんだよあれ。頬に付いてるパンくずを取って自分で食べる?なんだよそれ。
そんなシチュエーション見たことねーし聞いたこともねーよ。
もしかしてあれか?アニメとか漫画とかで学んだやつか?だとしたらやめとけ。いや、今すぐやめろ。人によっちゃきもがられるぞ。
そんな言葉たちを頭に思い浮かべながら、人通りが少ない道を歩くのだった。
暗殺デビューした初日、隣の席の子に暗殺者だということがバレてしまいました。まだ人は殺してませんが、真っ先にそいつを始末しなくてはなりません。 せにな @senina
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