第25話 威厳が無くなった
「ほんと気をつけて歩いてよね」
「……すまん」
着替えが終わり、濡らしたティッシュを何度も床に擦り付ける俺と中越。
膝を抱え込むようにして腰を曲げる中越の顔には先ほどまでの赤みはなく、かといって俺の目を見て口を開くわけでもない。
気まずさマックスの俺からしたらありがたいったらありゃしないのだが、いつもの中越と違う気がして仕方がなかった。
確かに昨日までもよく顔を赤らめていたし、怒るところなんて見なかった。が、態度というか雰囲気というか……どことなく悠然としており、大人っぽさを感じる。
初体験を捨てたから大人に近づいた……とも考えにくいし、かといって他に理由は見当たらないし……。
色んな考察が脳裏を飛び交うが、当然答えは出てこない。
そんな、首を傾げて考える俺の姿を不思議に思ったのだろう。
コテンと真似するように小首をかしげる中越は綺麗になった床からティッシュを離して口を開く。
「どうしたの?私の顔になにか付いてる?」
「いや……なんか、いつもの中越じゃないなって思ってさ」
「……いつもの私じゃない?」
「いつもよりも落ち着いてる感じが不自然なんだよな」
「いつもはうるさいみたいな……」
「実際そうだろ」
「そんなことありませーん」と冗談めかしに言ってくる中越は腰を上げ、俺めがけてティッシュを放り投げてくる。
『ゴミは自分で捨てろ』と言いたいのだろうか?なんてことを思うが、汚した手前、反論することはできないので素直にティッシュを受け取った。
♡ ♡
仁村がティッシュを片手に立ち上がる姿を横目に、私はなにも考えずベッドへとダイブした。
昨夜のことはよく覚えている。
このベッドでなにをしたのかも、なにを求めていたのかも、どんな声を上げていたのかも、全てを覚えている。
もちろん恥ずかしい。もちろん今すぐにでも頭を抱えたい。
けど、それ以上に私は今、この男がピンピンと動けていることに驚いている。
私の記憶が正しければ、この男と私は3回もしてしまった。
お母さんが持ってきたゴム。私のゴム。そしてなぜか持参していた仁村のゴム。
仁村が持参してるってことは私のことを前々からそういう目で見ていたということになるけど……今はそんな事どうでもいい。
私の記憶が正しければ――いや、彼は絶対に私のゴムを装着した。それなのにもかかわらず、この男は易易と腰を上げ、私と会話している。
確かに意図してなかった暗殺だけど、結果的にこの男は付けた。暗殺なんてする気はなかったのに、性欲に負けてこの男は付けた。肩で息をしてる私の反応も見ずに。
いやまぁ確かに1、2回目は私が積極的だったかもしれないよ?ちょっとスイッチが入ったといいますか、タガが緩んだといいますか……。
そ、それでも!この男は疲れ果ててる私なんてお構いなしにやってきたの――って違う!今はそんなことじゃなくてなんでこの男に毒が効いていないのかを考えるのよ!
ノリツッコミなのか、それとも天然なのかもわからない言葉が脳内を流れていく。
そんな言葉たちを消すためにグリグリと枕に頭を押し当てるのだが……これが逆効果だった。
お父さんのシャンプーを使っていたはずなのに、かすかに感じる仁村の香り。
昨夜に嫌というほどに身に染み込ませてしまった匂いがこの枕にもついていたのだ。
さすれば消したくても消えてくれない言葉たちが記憶を引っ張り続けてくる。
だから私はバッと勢いよく顔を上げ、自分の部屋の匂いを堪能する……のだが、こちらを訝しむ目で見やる仁村と目が合ってしまった。
「ど、どした?また顔赤いぞ?」
「……気のせいよ」
「んなことねーわ。しっかり赤い」
「なんで自分の部屋なのに逃げ道がないのよ……!」
どこにも埋めることの出来ない顔は壁を向き、せめてものあがきで両手で顔を覆う。
こんな姿が暗殺者として相応しくないということは分かってる。けど、なぜかこうしてしまう。
初体験が私の暗殺者としての威厳を邪魔してるの?それともこの男が?
もうわかんないよ!いつもと違うって言われるし!大人しいって言われるし!私の人生全部この男に崩された!!
自暴自棄のような言葉が脳裏を飛び交い、背後からの視線も気にせずブンブンと頭をふる。
私には確かに暗殺の才能があった。自分でもわかってしまうほどの暗殺の才能があった。
それにもかかわらず暗殺は全て失敗に終わり、暗殺対象である男に初体験をあげてしまった。
あれもこれも全てこの男のせい。今すぐにでも始末してやりたい。なのにそれを許してくれない!
誰かが裏で操ってる……とは考えにくいし、ただ運がないだけ?それとも全部この男に読まれてるから暗殺が遂行できない?
いやいやいや……。流石にすべて読まれることはない。だって私は暗殺者だよ?おじいちゃんにも才能があるって言われた私だよ?そんな私がこの男に負けるなんてない……はず。
「まじで大丈夫か……?痛みがいま来たか……?」
「違う!考え事!」
「うわっ、いつもの騒がしい中越だ」
「だから騒がしくないってばー!」
今は自分でも騒がしいと思う。けど、いつもはそこまでのはずだ。
というかこの男だって性格変わってますけどね?昨日よりも明らかに表情豊かですけどね?
反抗する言葉を頭に思い浮かべながらも、これ以上話をこじらせないためにも口には出さない。
そうしてため息をひとつついた私は呼吸を整え、ベッドから足を下ろし――
「――あ」
「え?」
言葉に表すなら『ベチョ』が正しいだろう。というか、そんな音が鳴ってしまった。
今、私の足の裏にはヌメッとした嫌な感触があり、偶然にも仁村が踏んだゴムと同じ位置にある。
……つまり、私の足の裏にあるのは拭き残りの……精液……ということ……。
「拭き残りがあるなら言ってよー!!」
「ほんとすまん!!」
柄にもない仁村の謝罪を耳に入れながら、机の上にあるティッシュを取って足の裏を拭き始めた。
というか出しすぎでしょ!これだから思春期男子は!!
そんな文句を頭に並べ、使い古したティッシュを仁村に投げつけてやるのだった。
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