第7話 まな板三人娘①
「……」
「……」
テーブルを挟んで、向かい合う。もじもじと俯き、お互いに言葉を紡ごうとするも、上手く形にならない。空間を満たすのは、ほのかな甘い香りと、時計の秒針の音のみ。それはさながら、お見合いのようだった。
風太とエクレール。彼らは部屋で二人きりになっていた。
「ら、ラミィさん遅いですね、ハハ……」
「え、ええ……」
時折、ぽつりぽつりと会話の芽は出るものの、その後が続かない。用があって彼女を訊ねてきているのはこちらなのだから、リードしてあげなければいけない……そう思えば思うほど、話すべき内容に窮する。
風太に二の足を踏ませているのは、右も左も分からない中での不安から生まれた、過剰なまでの責任感だった。
……どんな発言が、彼女の心の繊細な部分に触れてしまうか。考えれば考えるほどに、どつぼにはまっていく。避けるべき話題のセオリー……人間なら、政治や宗教といった事柄だ。では異人は、エルフ族は?
彼らは自分たちとは、住んでいた国どころか世界が違うのだ。文化も習慣も想像できない以上、慎重にならざるを得ない。だからこそ、この場ではラミィだけが頼りだったのだが……彼女は席を外している。
しばらく二人きりで~なんて、軽く言ってくれて……。だいたいこうして、面と向かって女の子と話すのは得意じゃないのに……。
「こ、紅茶のお代わりは要りますか?」
「ああ、じゃあ、いただきます」
カップに新しいティーバッグと、お湯が投入される。とはいえ、緊張で紅茶の味なんて分かりやしない。あと、ラミィが置いていった濡れせんべい(濡れている)も。事情を知らないエクレールは、不思議な顔をしながら食べていたが……。
「ふぅ……」
気まずさをかき消すように、わざとらしく息をつく。いやいや、こんなことをしていたら、エクレールも居心地が悪くなってしまうだろう。沈黙に甘えてはダメだ。なにか、なにか話さないと……。
「あの、風太さん……」
「ヘイッ!」
思わず威勢の良い魚屋のような返事をしてしまった。わ、笑われる……。
「先ほどはすみませんでした。数々の非礼、お詫び申し上げます」
「へ……?」
彼女はどこか浮かない顔をして、深々と頭を下げた。唐突にそんなことをされたので、彼は呆け顔で目の前の綺麗な右巻きつむじを眺めるだけだった。
「あのー、どうして謝るんですか?」
「これからお世話になる方に対して、その……中傷的な発言を繰り返してしまったので……」
「性犯罪者とか、強姦魔とか?」
「う……そうです。変な方が来ないかソワソワするあまり、少し気が立っていて……。本意じゃないんですよ、信じてください。まぁ、全てが嘘というわけでもないですけど……」
確かに先ほどまでとは違って、随分としおらしい態度でいる。眉尻を下げ、瞳をうるうるさせて……。なんだか小動物みたいでかわいいな。
「とんでもない。元はといえばボクが悪いので……気にしないでください」
「そう……ですか? 本当に?」
「ええ、もちろん。それに、なんといってもボクは、エクレールさんの担当者ですから!」
風太は胸を叩いて、笑ってみせた。
しかし……例えそれが事実であったとしても、大言壮語であることもまた変わりない。なにかあっても、責任を負うのは上司であるシダルなのだ。責任の伴わない仕事でどれだけ意気込んでも、そこには空虚な覚悟しか生まれない。
だがここで正直に、自信なさげな態度をとるのも、誠実ではない。自身の生活を支える役割の者がそんな調子でいては、過度に不安を与えてしまう。ここは虚勢を張るべき場面なのだ……それぐらい、新人の自分でも分かる。
「ふふ……頼りにさせていただきますよ、風太さん」
「ま、任せてください!」
一時はどうなることかと思ったが、なんだかんだで好感触に持ち込めた……か?
どちらかというと、彼女の態度が自然と軟化した、というのが正しいが、ともかく結果オーライだ。
そういえば……一つ、気になることがあったのを思い出す。どうせ話題にも困っているし、言及してみようか。
「恐縮ですが……エクレールさんって、ご年齢が九十一でしたよね」
「はい、そうです」
「人間のボクからすると、随分とお若く見えるようですが……」
「え、ああ……ふふっ」
「な、なにか?」
「いえ、なんでも。……魔力を生命の源とする種族は、基本的に死ぬまで見た目は変わらないんですよ。わたしたちエルフ族に加えて、妖魔族や天使族といった方々がそうです」
「へぇ~、それは羨ましいというか、なんというか……」
「それに寿命も、とても長いです。だいたい千歳までは生きますね。だからわたしは、エルフ族の中ではまだ子供扱いです」
「なるほど……ボクはてっきり、介護でもさせられるのかと思っていたんですけど、こんなにかわいい子が出てきたので、びっくりしてしまいましたよ」
「……そ、そうですか。かわいい、ですか……」
エクレールは視線を絶えず動かしながら、もじもじしている。
うーん、やっぱりかわいいなぁ。守ってあげたくなる。職業人の動機としては良くないかもしれないけど、か弱い相手に頼られれば、俄然やる気も出てくるというものだ。月子に次ぐ、第二の妹って感じかな。
そこでようやく、待ちかねた音……インターホンが鳴り響いた。エクレールがコントロールパネルを操作し、ドアを開錠する。
「二人とも、お待たせ~!」
ラミィがご機嫌な様子で帰ってきた。そして彼女のすぐ後には、見知らぬ女の子が控えている。彼女もまた、ラミィと同じように、背中に黒い翼を生やしていた。
「ラミィさん、その方が……?」
「そう、アタシの秘蔵っ子、トロンちゃんよ! ほら、ご挨拶!」
トロンと呼ばれた彼女は、無言で辺りを見回し、風太とエクレールの顔を交互に見やる。そして口を三角にして、ポケーッとしたまま、その場で立ち尽くし……。
「ヨッ」
片腕をゆっくりと上げて、そう言った。
……なんだこの子。エクレールも困惑してるし。
「ヨッ」
「……もしかして、挨拶されてる?」
「もしかしなくてもそうよ」
風太とエクレールは顔を見合わせた。このような手合いには慣れていない……どちらもそんな表情だ。
「ヨッ」
「ほら。返事をしてあげないと、いつまでも続けちゃうから」
「あ、はい……え~と、初めまして、トロンさん」
「初めまして」
二人そろってぺこりとお辞儀をする。
「ヨロシク」
トロンは手を差し出してきた。握手……で良いんだよな?
同じようにすると、彼女はそれを両の手で包み込んでくる。その掌はラミィと同じで、ひんやりとしていた。まるで死人のように……。
いや、そういえば彼らは実際に死んでいるのだった。こうして実際に触れあっていると、ついそのことを忘れてしまいそうになる。
「……」
にぎにぎ、にぎにぎ。握手というには随分と長い時間、そうしている。ラミィとエクレールは、無言でそのやり取りを眺めていた。
「……」
にぎにぎ、にぎにぎ。手を離そうとすると、引き留めるように力を込められる。そしてにぎにぎ。ひたすらにぎにぎ。
話では、彼女はラミィが担当している入居者ということだった。だからこんなことを思ってしまうのは良くないのだろうが……。変な子、だよな。どう見ても。
ふと、その手が持ち上げられる。そしてそれはそのまま、トロンの口元へと向かっていき……ペロッ。
「どわああぁああぁっ!?」
生暖かく湿った感触に驚いて、反射的に手を引っ込める。
……な、舐められた? 嘘だろ? もしかして変な子ではなくて、ヤバい子?
「……興奮、する?」
「しないです!」
「そーか……」
トロンは残念そうに肩を落としている。……手になにか付いたとき、つい匂いを嗅いでしまうけれど、ここでそれをやると変態扱いされそうなので我慢した。
「トロンちゃん、そういうのはほどほどにね」
「りょーかい」
「……と、とりあえず皆さん、腰を落ち着けましょう。トロンさんも、ゆっくりしていってくださいね」
「アリガト」
……正直なところ、風太は手を洗いに行きたかったのだが、それを言ってしまうと露骨にトロンを嫌っているように見えてしまうので、黙っていることにした。客商売は辛い。
「トロンさん、わざわざいらしてくださって、ありがとうございます」
「ん。人助けだと思って、仲良くするゾ」
「う、うぅっ……迷惑かけてすみません……」
トロンの毒舌を食らったエクレールは、しょんぼりとしてしまった。それをラミィが窘める。
……こうしてラミィがトロンを連れてきたのには、訳がある。
被保護者要録に『ぬいぐるみを好む』との記載があった通り、この部屋には数十体のぬいぐるみがそこかしこに鎮座している。その理由が、寂しさを埋めるためだというのは本人の談。だからこそ、当初は一悶着があったとはいえ、自分たちの来訪を喜んでくれたのだ。
しかし、物で心を満たすには限度がある。だったら友達を紹介してやれば良い……とラミィが言い出したことにより、こうなったというわけだ。
……ただそれにしては、人選を誤っている気がしないでもない。エクレール、大丈夫かな。
「風太クン、さっきはごめんね〜。トロンちゃんは淫魔だから、気を悪くしないでね」
「淫魔……? ラミィさんと同じに見えますけど」
頭の角の形状は違えど、翼と尻尾は同じ黒色で、質感も似通っている。トロンも中々に際どい格好をしているが、ほぼ全裸のラミィのほうが、淫魔という名前に相応しい気がしてしまう。
「ムム!」
そのとき、二人の会話に反応したトロンが、頭にピコーン、と電球を光らせた。
「妖魔と淫魔を見分ける方法、教えてアゲル」
そう言うと、彼女は自身の尻尾を取り上げて、その先端を指さした。
「淫魔は、尻尾の先っぽがハート型になってる。カワイイでしょ」
「あ、ほんとだ」
その新芽のような膨らみは、若干赤みがかり、確かにぷっくりとハートの形をとっていた。
……うっかり手を伸ばしかけたのを、すんでのところで押しとどめたのは内緒だ。
「それに比べて、妖魔の尻尾は……」
トロンは左手で自身の尻尾を持ったまま、右手を下ろし……隣にいるラミィの尻尾を、勢いよく引き上げた。
「んひぃぃぃぃ♡」
当然、ラミィは先ほどと同じように喘いだ。こうして第三者視点で見てみると、ひどい顔をしているな……。
「見て。妖魔は先っぽが尖ってる」
「お、お〜……」
なるほど、こうして見比べてみると、その違いがはっきりと分かる。自分で触っているときは気づかなかったが、ラミィの尻尾の先端は綺麗な三角形になっており、色もトロンとは異なって黒々としている。
「んほっ♡ おほっ♡」
ビクン、ビクンと痙攣しながら、だらしなく舌を出して悶えるラミィ。その様子を、両手で口を抑えながら見つめるエクレール。大変教育によろしくない。
……ところでこういうの、ガンギマリっていうのかな。いや、ちょっと違うか。
「ちなみにココは、魔族の性感帯でもある。要チェック」
「せ、せいかんたい!?」
エクレールは悲鳴にも似た声を上げる。その顔は徐々に朱を帯びていき……しかしその眼はしっかりと、魔族二人の先っちょを見据えていた。
……目の前に男性がいるんだから、もう少し配慮してほしいなぁ。反応に困る。というのを淫魔に求めても無駄か。恐らく、名前の通りの種族なんだろうし。
「ぢょっ♡ ドロンぢゃ……♡ やめでっ♡ やめっ♡」
「やめなーい。えいえい」
「んぼぉぉぉぉぉっ♡」
眼前で繰り広げられる、痴女たちの痴態ショー。いったい自分はなにを見せられているんだ……?
「と、トロンさん。大事なお話もありますから、それぐらいにしていただいて……」
「ホイ」
見かねたエクレールがあわあわと窘めると、トロンはパッ、と手を離した。ようやく解放されたラミィは、荒い息をつきながら床に倒れ込む。
「と、トロンちゃん……激しすぎ……」
ちょうどお尻を三角に突き出す体勢で、ゼイゼイと上下に身体が動くと、不本意ながらひどく官能的に見えてしまう。
「エヘヘ……ラミィは敏感なんだね……」
「風太さん、その顔やめてください」
気まずい場の雰囲気を和ませようとしたつもりだったのだが、ただのエロオヤジのようになってしまった。この変な笑い癖、なんとかならないものか。
「ラミィはおかしい。フツーはこんなに敏感じゃない」
己の尻尾を撫でながら、不可解そうに呟くトロン。
確かに彼女の言う通り、薬でもキメてるんじゃないかというレベルで感じまくっていたが……いくら性感帯とはいえ、ここまで敏感だと日常生活に支障をきたしそうだ。
「アタシだって、好きで敏感になったわけじゃないわよ……」
ぐったりとしているラミィの背中を、エクレールがさすってやる。
「でも、興味深い比較ができました。本で得る知識と同じくらい、実物を見ることも重要ですね」
「うん、それはそうだ。異人について少しでも多くのことを知ることができたのは、ボクにとってもありがたいよ。ご苦労さま、ラミィ」
「それはどうも……」
もっとも、ラミィが敏感であるというのはただの個人的な体質だが……まあ、いつか気を遣うべき機会も来ることだろう。とりあえず、彼女の身体に不用意に触れるのは厳禁だな。
ふと……なにとはなしに、エクレールの臀部へと目がいく。そういえば、彼女には尻尾は生えていないんだな。人間と同じ……小さい尻、丸い尻。女性としては幾分か未成熟な感じがする。
エルフ族は千歳まで生きると言っていたが、彼女の九十一という年齢を、人間の平均年齢に尺度を合わせてみると……八歳ぐらい? それだと幼すぎるか。顔立ちは十代後半に見えるが……いずれにせよ、歳下に接する心構えでいたほうがいいな。彼女の精神的に不安定なところを支えてあげるのが、大人であり支援者である自分の使命に違いない。
風太としては、大人の余裕を醸し出す温かい目線を送っていたつもりだったのだが、如何せんその部位が悪かった。怪しい視線が、自身の尻に集中していることに気がついたエクレールは、すぐに手で覆い隠して、ジロッと彼を睨みつけた。
「どこ見てるんですか……」
「え、お尻」
彼には邪な気持ちなど一切なく、ただの知的好奇心でそうしていただけなのだが、彼女にはそれが痴的興喜心に感じられたのである。
「やだ……わたし、犯されちゃいます……」
お尻を後ろ手で隠しながら、くねくねと身体をよじらせる。
……なんか様子がおかしいな。
「あのー、エクレールさん?」
「やだ、やだよぅ……」
顔を赤らめて、くねくね、くねくね。彼は水族館で見た、水流に揺られるイソギンチャクを思い出していた。
「オオ、これは誘惑のダンス……」
トロンは感心しながら、その光景を鑑賞している。男性を誘惑するときに、こんな変なダンスを踊るものなのだろうか。むしろ萎えそうな気がする。
「わたしのお尻が、お尻が……ふえぇぇん……」
「ちょっと風太クン、お客さまを泣かせちゃダメじゃない!」
「ええ!? なんかゴメンナサイ!」
ひどい濡れ衣だが、例えそうだとしても、ひたすら下手に出て謝らなければならないのがビジネスマンだ。報われないなぁ、ほんと……。
「ムムム……」
一方、エクレールの痴態を眺めていたトロンは、なぜか対抗意識を燃やし始めていた。エルフごときに、妖魔の自分が後れを取るわけにはいかない……そんな競争心は、彼女を突飛な行動に走らせた。
「ワタシのお尻も見て~」
ずい、と眼前に、白くて小ぶりの双丘が突きつけられる。その間隔わずか十センチ。文字通り、頭も視界も真っ白になった。
「うぉ……」
思わず感嘆の声が漏れる。トロンの下半身は下着同然の姿なので、秘所を除いた大部分が露出しているのだ。こんな間近に女性のお尻が……。悪いことだと分かってはいても、つい鼻をヒクヒクさせてしまう。ちょっとだけいい匂いがする……気がする。
「風太さん……? 不可抗力だとしても、せめて抵抗する素振りぐらいは見せてください」
今にも骨抜きにされてしまいそうな、情けない風太の姿に憤ったエクレールは、彼を引き離すべく、両肩を強く後ろへと引っ張った。
ところが、半ば陶酔状態にあった彼はすっかり身体の力が抜けきっており、バランスを崩して、反射的に目の前のもの……トロンの腰骨を両手で掴んでしまう。お尻を突き出す体勢だった彼女は、そのまま尻もちをつくように風太の上へと覆い被さる。そして風太もまた、すぐ後ろのエクレールの上へと倒れ込む。それはさながら、ドミノ倒しのように一瞬の出来事だった。
「む……ぐ……」
いったいなにが起きた?
先ほどの真っ白な光景とは打って変わって、暗闇に支配された視界。そして顔面にのしかかっている、温かくて、硬さと柔らかさを兼ね備えて、そして濃密な香りを漂わせるなにか。呼吸をするたびに、その香りが直接、脳に吹き付けられているようで、意識が飛びそうになる。これはなんなのだろう……?
頭を押さえつけられているため、実質的に身動きが取れないのだが、それでも手足は自由だ。風太は顔面に乗っているそれに、手を伸ばしてみた。
……すべすべしている。これは人体だな。というか、どう考えてもトロンだな。ということは、顔に押しつけられているこれの正体は、まさか……。
「風太さん、重いです~!」
そのとき、背中側から苦しそうな声が聞こえた。やけに床が柔らかいと思ったが、 そういえば自分もまた、エクレールにのしかかっているのだった。
……この後頭部の感触は……胸かお腹、かな……。
「もごもごもご~!」
風太は声にならない声をあげて、マウントを取るトロンをぺちぺちと叩いたが、どうしてか彼女は動こうとしない。それどころか、逆にお尻をぐりぐりと、一層押しつけてくるではないか。
……よく考えたらこの状況、とてつもなくまずいのでは。だってこれ、いわゆるその……顔面騎乗というやつじゃないか。普通こういうのって、エッチなお店でしてもらうものだろうに……詳しくは分からないけれど。
「もご!?」
口元の辺りに、妙に柔らかい感触があった。お尻の肉とは少し違う、ぷにぷにした不思議な膨らみ。
……風太はそれがなんなのか、すぐに分かってしまった。そして分かってしまったがゆえに、なおさら抵抗できなくなっていた。
こんなの……こんなの、生殺しを通り越して、本番そのものじゃないか!
大人の階段を十段ぐらい飛ばして登った反動で、気が遠くなってくる。健康優良男児が、こんなプレイに耐えられるわけがない。彼の息子はみるみるうちにその姿を変え、しなびたタケノコからエリンギへと進化してゆく。それは理性で抑えられるものではない……仕方がない、これは仕方がないことなんだ……。
「んごごご〜〜〜!!!???」
風太の張り詰めた息子が、指先でつんつんされる。トロン……頼むからやめてくれ、それ以上はいけない!
このまま快楽に身を委ねていると、取り返しのつかない事態になる……そう悟った彼は、僅かに残った理性で、自分になにができるか思考を巡らせた。
この状態からは、力ずくで身体を起こすことはできない。となると、トロンに対してなんらかのアプローチをかけるしかないが、この調子では軽く叩いた程度だと、こちらが深刻な状況であるとは分かって貰えなさそうだ。
しかし、いくら風紀を乱す行いをしているとはいえ、過度な暴力に訴えることはしたくない。
では、いったいどうするべきなのか。それは……これしかない!
「っ!」
尻の重みでぴったりと閉じられた唇を無理やりこじ開け、風太は己の舌をベロベロと動かした。
平和的かつ穏便にことを済ませるには、悪魔に魂を売るしかない! やりたくてやってるわけじゃないんだ……許せ、トロン!
ベロベロベロ! ベロベロベロベロォ!
風太は薄い布越しに、人生初の舐め舐めを体験していた。
後に彼は、このときほど色々な意味で興奮したことはなかったと語っている。
「ひゃうっ!?」
舐め舐めは予想外だったのか、トロンは上擦った声をあげると、風太の顔面からパッと飛び退いた。同時に彼も身体を起こして、二人にのしかかられていたエクレールに振り向いた。
「大丈夫ですか、エクレールさん?」
「は、はふぅ……はぁ、重かったです……」
エクレールは力なく仰臥し、目を閉じて浅い呼吸を繰り返している。痩せっぽちの彼女には、辛い時間だったろう。介抱してやらなければ。
「なーに、どうしたの……?」
トロンの悲鳴が気にかかったのか、ラミィがフラフラと立ち上がって、締まりのない顔でこちらを見やった。そしておぼつかない足取りで、エクレールの元へと歩み寄る。
……のは良かったのだが、彼女はテーブルの端に脚をぶつけて、バランスを崩してしまう。咄嗟に突き出した手の先には、風太の背中があった。突然のその力に抗うすべもなく、彼も同じように体勢を崩し、床に手をつこうとして……むに、という名状しがたい感触があった。
「あ……」
風太が手をついたのは、床ではなくエクレールだった。もっと言うと、エクレールの胸だった。おっぱいだよ、おっぱい。何度も言わせないでほしい。
初めは惚けた顔をしていた彼女だったが、己の胸をわしづかみにするその握力が、冷徹な現実へと意識を引き戻す。至近距離で見合っているので、彼には表情の変化がスローモーションにも映った。
目が……目が、般若のようにかっ開かれていく。血走った夜叉のように、殺意で満たされていく。
「せ……せ……せせせせせせせ……」
「ま、待ってエクレール、これは事こ……」
そのとき風太の目の奥に、赤い閃光が走った。そして燃えるような、弾けるような鋭い衝撃と共に、響き渡る。
「性犯罪者さんです~~~~~!!!!!」
うら若き乙女の金切り声を子守歌に、彼の意識はそこでぷっつりと途切れたのだった……。
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